2022/08/07 16:00:02.15
安野穣
2022/08/07 16:00:02.15
私は息を吸う、息を吸う、息を吸う、息を吸う。それに伴って、肺が膨らむ、膨らむ、膨らむ。膨らみ、押されて肋骨が広がる、広がる、広がる、広がる。
膨らむ肺が感覚器官を刺激し、感知された膨張はただのナトリウムの移動となって神経中を伝播し、やがて脳に届いて感覚となる。
息を吸うという指令を出すよう指示する信号が延髄のどこかから発せられ、それを受けた部位が息を吸うよう下命し、更に大脳の何処かしらからの大きく息を吸い込むよう命令する指令と混ざり、直接肺を動かす部位が依命して、深呼吸をする。
自由意志だと思い込む指令によって私は、自分から望んで深呼吸をしたのだと考えさせられ、ふと地面の冷たさに気付く。
目の前ではちょうちょがひらひらと舞い、少し先で小さな叢が踊るように揺れ、奥の方では一本の太いブナが手先の葉を擦らせる。風は少しあるらしい、花壇に寄り添う小さな風車が気持ちよさそうに回っていた。
足の裏からはひんやりとした感触が伝わってくる。今の私は裸足になっていて、日差しに焼かれた灼熱の岩肌の訴えを分断するように一筋、冷たいものがある。足元を走るそれが何なのか私には分からないが、砂漠のオアシスのように包容する寛容さと、
突然、空腹でもないのに胃臓が蠕動し、先程食べた昼食が残っているにも拘らず内容物を送り出そうとする。逆流を防ぐ弁を少し超えた時の、体内が焼けるような痛みに懐かしささえ覚える。
久しぶりに食べたエビチリ弁当が原因なのだろうか。だとするならば、食欲を誘う匂いに釣られて購入してしまったあの時の軽率な行動を悔やむほかない。以前はそれでも食べられたが、ある時期からめっきり食べられなくなってそれきり今の感覚とも離れていた。
急な激しい悪心に耐え兼ね、思わず声が漏れたことで初めて事の重大さを理解する。硬く結んだ両の拳は湿り気を増し、こめかみを伝った冷や汗が首筋に流れ拭う。事態は悪化の一方で、近くに建物もないようなこの場所では普段利用する人に迷惑となる。決死の思いで抑えようとして、既の事で留められた。
一度過ぎ去ればすっかり良くなるもので、あまりの快適さに叫びたくなるほどだった。どうせ近くに人はいないし、民家もない。そのまま叫んでしまっても良かったのだけど、440 Hzと466 Hzのカノンの調べを壊すようで気が引けた。
珍しく整えた、自慢だった黒髪がひときわ強い風に靡き、お気に入りのワンピースの裾をひらつかせる。爽やかな気分を運ぶと共に私の麦藁帽子も連れて行ってしまって。捕まえようと伸ばした手はただ虚空を掴むばかり。
ずっと前から欲しくてたまらなくて、バイトを始めてまで買って大切な帽子だった。それが飛んで行ってしまったのは残念だけど、こればかりは仕方ない。風なんてものは、私の制御できる範疇にないのだから。
空を滑る帽子を横目に左腕を下ろし、轟音とともにカノンを幽かに跳ね返す壁の方を向く。夏の太陽を映す銀色に目の奥が痛くなって、逃げるように顔を上げる。そこにいた運転手さんと目が合って。
私は、もうすぐ、楽にな
2022/08/07 16:00:02.15 安野穣 @tatara2ji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます