第8話 五傑 炎帝

「よっ」


男は軽い掛け声と同時に15mはある屋根上から飛び降りた。ノアを含めた3人生徒たちは、目を見開いた。


「うわああああああーっっ!!」


着地と同時に、砂埃が舞った。

しかし、ノアたちの驚きようとは真逆に、男は平然とした顔で着地していた。


「(で、デケえ…!?)」


下から覗いていた形で気づかなかったが、並行の視線で見ると生徒たちとの圧倒的な体躯の差に、驚かされた。

同世代では長身のフアンが、男の肩ぐらいまでしかない。

横幅もノアの2倍はあろうかという立派な肉体。


顔は気のいいお兄ちゃんという雰囲気だが、その現実離れした体格とのギャップに、ノアの頭はパンクを起こしそうになる。

近くで見る圧倒的なオーラに、既にやられそうになっていた。


「ねえ、カイル。その登場の仕方やめて欲しいかな… 生徒たちが驚いてるし」


「あ、あぁゴメンゴメン」


「…だ、誰?」


「あ、紹介するね! この人はカイル。カイル=グレーブス。私の『恋人』でーすっ!」


「「「こ、恋人ーッ!?」」」


ミアは、カイルの右腕を使って笑顔で腕組みをしてみせた。男は、やや照れ臭そうな表情で、ハハ、それやめろよ…。と小さく呟いていた。


「こんな所に恋人なんか連れてくるんじゃねーッ!」


ノアが指を指しながら突っ込んだ。


「実はですね、私にとっては『恋人』だけど、君たち生徒ちゃんたちにとってもすごーく参考になる存在なんだよ!」


「五傑。炎帝…様だ」


フアンがそっと呟いた。

その口調は、少し怯えているようにも見えた。


「せいかーいっ! カイルは、ガルト軍の最高戦力『五傑』の1人!炎を司る炎帝よ」


「ごけつ…、エンテイ…?」


ノアの頭の上には『?』マークが浮かんでいた。

フアンが焦ったように、こう説明した。


「ほら、入隊式典でも説明していたじゃない! この国が今だに悪魔の手に落ちずに、平和を維持できている理由は、16万のガルト軍を筆頭に、頂点に君臨する『5人の神』が存在してるからだって!」


「お、おう…。そんな、事も言ってたっけか…?」


記憶を辿ると、徐々に離れ離れになっていた記憶のピースがつなぎ合わさってくる。ようやく、ノアもピンときたようだった。口をあんぐりと開けながら絶叫していた。


「『5人の神』だなんて…、そんな呼ばれ方してんのか…。ハハ…」


カイルは苦笑いするしかなかった。


「ま、まあ立ち話もなんだし。お前ら、腹減ってるか? そろそろ昼だから、昼食にしねえか?」







––––––––––




3人の生徒たちと、ミアとカイルの5人はガルト軍の第1食堂に足を運んでいた。いくつもの食堂があるが、第1食堂は同時に1000人が席に座れる大広間となっている。昼の時間帯は、いつも混雑していて賑やかだった。


そんな中でも、一際注目を集める一行。


「グレーブス大帝!おはようございますッ!」


「大帝!おはようございます!」


「おぉ。おはよう。今日も元気そうだな」


カイルは慣れたように挨拶をしながら、席目がけて歩いていた。

その後ろを付いて歩く生徒たち3人は、挨拶をしたあとのこちらへ向けられる視線に、やや萎縮していた。


「おし、この辺でいいだろう。みんな、座ってくれ」


入隊した初日、いきなり五傑に席を案内されるVIP待遇っぷりに、フアンとアシュリーの2人は苦笑いが止まらなかった。

せっかく頼んだ昼食も、喉を通らない。


「アンタを倒せば、この軍でNo.1になれるのか?」


ノアのそんな能天気な一言に、アシュリーはせっかく飲んだスープを吹き出してしまった。


「ん? そうだなぁ…、この軍も色々と複雑でな。俺を倒したら、確かに実力的にはNo.1だが、トップって訳じゃあない」


カイルは、バクバクと昼食を食べながら、続けた。


「俺ら『五傑』は便利屋みたいなモンなんだ。戦いにも勿論参加するし、必要とあれば軍も指揮する。しかし、この軍には、もっと『上』がいるんだ」


「上?」


「そう。具体的には、首脳陣がいるんだ。その中でも、元帥と総督。全軍トップの『ファウゼン=グリム元帥』と、その下で参謀を担う大英雄『ロイ=フリーマン総督』の2人が、この軍の中核だ」


「それだッ!!」


ノアは、大声を出しながらその場で立ち上がった。

周りの目線が一気に集まる。


「ちょ、ちょっと…。ノア?」



そんな言葉も他所に、ノアはあの時の光景を思い出す。

村を焼かれ、全てを失ったあの日–。


強烈な太陽のような輝きを放つ、ノアの眼の前に立ちはだかった男。


「(…やっぱり! あの男はこの軍の中核にいた!!)」


ノアの一点を見つめたまま、溢れでた笑みに、カイルとミアは不思議な顔をして目を見合わせた。


「そ、それで! どうしたらいい!? 俺は一日でも早くその位置に行きてえんだ!」


バン!と、

ノアは前のめりになりながら、カイルに突っかかった。





「あははははははははーっ! お前がか!? 無理無理ィ!」


声を放ったのは、カイルではない。

昼食をとっていた5人の、隣の席から出会った。


ノアは、声のする方向を見る。


そこには、気の悪そうな成人の男と、ノアたちと同じく3人の生徒らしき軍団が座っていた。成人の男は、ミアと同じ教官服に身を纏っている。


どうやら、声の主はその教官らしき人物からだった。


「入隊する必須条件の『魔法』を使えない、民兵未満のお前が元帥様や総督様と肩を並べるなど、人生3周しても無理な事よっ!」


「な、何ぃー!?」


「コラ。よしなさいノア。ツィロも、大人気ない事言わないで」


ミアが、目でツィロと呼ばれる教官を静止した。

おそらく同世代なのだろう。見た目や風貌からミアと同年齢ぐらいだと予想できる。


「おー、これはこれは。ミア嬢、ご機嫌麗しゅう。今日も『悪魔の目デビル・アイズ』がよく輝いて見えまスな」


その瞬間、ミアが座りながらコップを握りつぶした。

ノアを静止する立場であったハズの彼女が、握りつぶしたコップをその場に叩きつけ、ツィロを睨みつけた。


群衆の目が、一気にこの席を中心にして集まる。


それと同時に、カイルが手でミアを静止し、ツィロを見た。


「おい。その言葉は禁止だ。取り消さないなら、軍法会議にかけるぞ」


「おおっー! これは、大帝様。大変失礼致しました。小童の独り言故、この場での失言大変心苦しいのですが、お見逃しくださいませ」


…しかし。

と、ツィロは続ける。


「しかし、いいのでスか?大帝様。そこにいる『民兵の端くれ』が随分と大帝様に横暴な態度をとられていましたけども。まぁ、ミア嬢の小隊なら仕方のない事なんでしょうけど」


気の悪い笑みが、さらに饒舌に口を進める。


「それに比べて、我が小隊は本当に優秀なんで、スこと! 『新兵有望株トップ・プロスペクト』を2人も抱えている我が小隊は、次の任務でもミア嬢の所は雲泥の差を開いて戦果を上げるんでしょうねぇ」


コイツをここまで調子づかせている原因はそれか、とカイルは推察した。彼は、手で静止しているミアの方をチラリと見た。

彼女は、ツィロの方を睨みながら、その手はプルプルと震えていた。その頬は紅潮し、目は血走っている。


長年、付き添っているカイルは嫌な予感がした。

沸点に到達する数秒手前である。






「よせッ!ミアッッ!!」


大声でカイルは静止したが、それも虚しく。ミアは、コップをテーブルに叩きつけた。

テーブルが、音を立てて崩れ落ちる。叩きつけた衝撃波で、食事を乗せていた御盆が、吹き飛ぶ。周りから少々の悲鳴が飛び交った。

カイルは、間に合わなかった…。と天を仰いだ。


「うっさいッッ! さっきからペチャクチャと!! アンタたちの所はアンタたちの所で上を目指して頑張ればいいじゃないッ! なんで私たちの隊を貶めるような事を言うの!?」


ミアは、勢いのままに生徒たち3人を抱き抱えた。


「今に見てなさいッ! 必ずこの子達を立派に育ててみせるからッ! ホラ、もうお昼食べたでしょ!? 行こッ! じゃあね、カイル!」


「お、うおおっ!? せ、先生–?」


彼女は、3人を半ば強引に引っ張り出し、ツィロに一瞥くれてそそくさと消えていった。ツィロは、そんな姿を見て、スープを飲みながら


「…小娘が」


その隣で、カイルがツィロを睨んだ。

やや怒気を含んだ口調で、こう告げる。


「お前、後で懲罰室へ来い」







–––––––––––




第1食堂を抜けて、講義棟を抜けようという所まで来ても、ミアはまだ興奮冷めやらぬ雰囲気で、3人を強引に連れていた。


先に興奮状態が引いたのは、ノアの方だった。


「…先生?」


彼は、ミアの方を見た。

彼女は怒気を含みながらも、その目には涙を浮かべていた。

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エレボスの祭り〜悪魔に故郷を滅ぼされてしまったので、バキバキの主人公補正で仕返しに行ったら普通に強すぎて逆に滅ぼされそうです〜 フレンチ10すと @yu_kaku

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