第7話 模擬戦、決着

「見つけたんだ。先生の弱点を」


そう、確かにフアンは呟いた。


「…弱点?」


「あ、うん。先生は、必ずと言っていいほど『右足』で着地する癖があるんだ」


「…? それが、なんだってんだ」


「人は着地する時、必ず利き足で着地する癖がある。バランスを取りやすいからさ!先生は右足。そして着地した足と、同じ方向に回避する時と逆方向に回避する時とじゃあ、コンマ数秒の遅れが生じる」


つまり。

右足で着地した場合、左方向には回避しやすい。そのまま足を蹴り出せばいいからだ。しかし、右方向に回避する場合一度右側に体重移動を挟んでから、回避しなければならない。

フアンは、そこに付け込もうという作戦を企てていた。


「…だがよ。着地した瞬間っても、そのままさっきの蹴り落としみたいに、反撃を喰らったらどうするんだ?」


「先生は、体重移動を存分に駆使して高威力の技を出してる。体制の悪い状態だと、さっきみたいに弾く様な攻撃しか出来ないはずだよ。言い切るには、サンプル数が足りないけど… つまり、2人で一気に攻めれば、先生は十中八九無理な姿勢で、回避行動を取るはず。その瞬間を狙おう」


「…よし。それでやってみよう」


「…ッ!? ちょっと!誰がアンタたちと協力するって!?」


アシュリーが、間に入った。

ノアは、後ろに振り返る。


「お前。早く上に上がりてえんだろ?」


「…えっ、…」


「さっきの動きと表情を見てたら分かる。何が、目的かは知らねえが。俺も同じだからな」


ノアは、続けた。


「いいか。もう戦いは始まってる。ちょっとお遊びみてえな会になってるが、あの人は俺らの先生だ。俺らを今、この瞬間も評価してる。だったら、協力でもなんでもして、少しでもあの人に一矢報いて、評価を上げろ。無理強いはしねえが、それがお前の叶えたい未来の一番の近道だと思うぜ」


「……わかったわ」


よし。

と、ノアは再び剣を握り直した。アシュリーも、青色のオーラを両腕に纏う。






遠くでその様子を『わざと』見守っていたミアは、3人が何かを話し込んだ後、3人同時に戦闘体制を取った事に、少々驚いていた。


「(…へえ。もう『協力』する…か)」


ミアも、戦闘体制を取った。

再び、戦闘の口火が切って落とされた。








「先生ッ! 今度は3人同時に行かせてもらうぜッ!」


「いいわ!きなさい!」


3人が同時に、攻撃体制を取る。

ミアは、神経をより集中した。ノアの攻撃が、コンマ1秒早い。彼の動きを体術で弾きながら、2人の動きにも応戦する。


偉大なる水の煌めきアクア・グランデッ!」


アシュリーが、ミアの真下から水魔法を発動した。

足元から、垂直に水柱が立ち昇った。彼女は、対処出来ないと判断し、瞬時にジャンプをして遠くへ回避する。


そして、一度体制を立て直そうと、地面に着地しようとした、その瞬間を3人は見逃さなかった。


「(…キタッ! フアンの言った通り、右足着地ッ!)」


ノアは、剣を振りかざしながら彼女の着地点の『左側』に突撃する。ミアは、右足で着地しようとしていた。間が悪い。

ここは、一旦呼吸を整え直そうと、着地した右足を前に蹴り出し、後ろに回避した。


「先生ッ! もらったァ!」


「…えっ!?」


後ろに回避したその先、アシュリーが待ってましたとばかりに、水魔法を発動させながらミアの背後に迫っていた。

動きを、読まれた。


「行け!アシュリーッ!」


「ハァァァァーーッ!!」


ミアの体に一気に緊張感が走る。

振り向きざまに右腕で、応戦した。威力を増した青色のオーラを纏った一撃をなんとか受け止めるが、体制の悪さ故の力差に、彼女は倒れそうになる。


「ノアッ!」


「そのまま押し切れッ! 2人ともッ!!」


「おっしゃああああッッ!!」


ノアとアシュリーの勢いを受け、足元が崩れた。

体制が崩れる。地面に着く。


「(このままじゃ…、マズイッ!)」




ミアは倒れゆく体制の中、少し冷静に頭を巡らせた。

今日、しかも1時間前に顔を合わせたばかりの生徒たちが勝つために連携し、そして実際に勝つ目の前まで迫ってきたのだ。


正直、このまま負けてもいいと思った。

『負けてもいい』と思った。



…でも、先生だしね。みんなには、いい顔しとかないと。






次の瞬間、ミアは地面に片手を付け、その場で回転しながら両足で3人を吹き飛ばした。


「うわっ!?」


今までの何倍も力強い蹴りに、新兵たちは全員空を舞った。





地面に倒れ込んだノアは、状況を確認するため、急いで視線を先生の方へ向けた。彼女は、余裕の表情でその場で立っていた。

全身から、湯気のような蒸気が上っている。


「くそーッ!あとちょっとだったのにーッ!」


ノアは自分の服を噛んで悔しさを表現した。


「はーい!終わりーっ!みんなお疲れ様でしたー!」


「えー、1人だけ勝ち逃げかよ!ズルい!」


「…今ので、勝てなかったの…?」


アシュリーは先生という位との圧倒的な差に、唖然としていたようだった。その場で、座り込んでしまう。



その様子を見ていたミアは、思わず口に笑みを溢した。


「(これが、私の生徒ちゃんたちか。最初はどうなるかと思ったけど、1人1人面白い個性あるじゃない。いい感じいい感じ!)」


そして、最後に視線はノアに向けられ、

…あの子が。

と、一言呟いた。









「おーーーーーーーい!やってるか〜!」


模擬戦が決着したのも、束の間。

先生を含めた4人とは違う、少し離れた位置から男の声がした。


4人は、一斉に声の方向を見る。

声の先は、斜め上。


模擬戦をやっている演習場のすぐ隣に建設されている、10階は超えるであろう建物の一番上だった。


よく目を凝らすと屋上の、と言っても屋根の場所に1人の男が座ってこちらに手を振っていた。黒い髪をセンターで分けた、おそらくミアと同世代ぐらいの風貌をした男。


「あーっ!カイルー!こっちおいでよー!」


ミアは気付くなり、男の名前を呼んで手を振っていた。

どうやら、知り合いのようだ。

カイルと呼ばれる男は、軽く返事をすると、


「–えっ!!?」


ノアは目を見開いた。

男は、10階を超える屋根から飛び降りたのだ。


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