第5話 模擬戦

「あ、忘れてた。私に勝ったら何でも好きなことを一つ叶えてあげまーす!」


「……え? それって……い、一緒にお風呂に入ってくれるとかでも良いのか…?」


「–ぶッ!」


真面目なトーンで語るノアの横で、アシュリーは吹き出していた。


「…はは…。 さすが男の子って所ね…。 まぁ、何でもって言ったし、いいわ。それでも!」


「うおおおおーッ!!」


俄然やる気に満ち溢れてくる。

先生とは言えど、こっちは3人一組。しかも、こっちは魔法に武器、何でも使って良いらしい。彼女は体術のみ。それで、膝を地面に着かせるだけで勝ちときた。


……いける。それに、


ノアの脳裏にチラつくのは、あの男の姿。

たった一瞬で何体もの悪魔を蹂躙する、あの男の迫力を。それに比べれば、先生は正直大したことなさそうだ。


5年間、あの男の一挙手一投足を何度もイメージし、鍛錬してきた。


ノアは、背中に携えている剣を握った。


「行けるッ!!」


一歩目の口火を切った。

足のつま先に集中し、一気に地面を蹴り上げた。砂埃が勢いよく舞うと同時に、ノアは先生の間合いまで一瞬で迫っていた。

フアンとアシュリーは、目を丸くする。…はや、と独り言を発する。


それは、先生も一緒だった。


「(…思ったより、速いわね)」


「うおおおおおおおッー!」


剣が真横に勢いよく、スライドした。

筋力も申し分ない。空気をも切り裂かんとする高速の一撃。


間一髪。


ミアは、背中を反りギリギリで回避した。鼻先を、鉄の凶刃が通り抜ける。髪が何本か切り落とされた。


「(行ける!! 体制を崩した!)」


ノアは、そのまま連撃の体制を取った。

そのまま…下に落とすッ!!


「先生ッ!! もらったぁぁぁぁッ!」




刹那、ミアはそのまま反りの体制から、右足を蹴り上げた。ノアの剣を横に弾く。地面と並行とも言える体制から、凄まじいバランス感でそのまま体を横に捻り、もう片方の足でノアの脇腹に強烈な殴打を加える。


「–ゴフッ!?」


まるで時が静止しているように、ミアは地面と並行の体制のまま、更にそこから体を捻り、地面に手を付く。


縦横無尽且つ流麗な動き。

彼女は、ドスの効いた低い雄叫びを上げながら、逆立ちの状態から踵落としを繰り出した。

半月の軌道を描きながら、彼女の踵部はノアの肩に直撃する。




次の瞬間、大地が真っ二つに割れた。




衝撃波が、フアンとアシュリーを襲う。目も開けられないほどの豪風に、2人は顔を歪める。


少々の時間を置いて、砂埃が収まり視界が晴れてきた。

視界の先には、ミアの目の前で地面に埋まっている、情けないノアの姿。ピクリとも動かない。


一仕事終わったかのように、彼女は手をパチパチと叩きながら、目線が遠くにいる2人に向けられた。

小さな顔から放たれる、鋭い眼光。ゾッとするような悪寒と共に、全身に鳥肌が走った。叫び出したくなるような、強烈な身震いを覚える。すると、彼女は、口元を僅かに緩め、悪魔のような不敵な笑みを浮かべた。



その様は、凛として輝かんとする、強者の笑み。



「……一つ、言っておくけど。 私、メチャクチャ強いわよ」

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