Case.3 爆破の魔法
職務上必要な場合を除き、人に魔法を向けてはならない。それは、魔法が当たり前のこの世界に生きる人々が守らなければならない絶対のルールだ。
「——と、いうことで……市街地での私闘なんかに許可なく魔法を使ったり、建物を故意に壊したり、そういった使い方は人道、つまり人の道に反するとして厳しく取り締まられちゃうというわけです。他にも、人に向けて使う、例えば回復や身体強化などのような魔法は扱いが難しくて危険なものが多いので、特定の職業とか資格がないと使ってはいけません」
青空の下、まだ幼い子供たちの前で私は一人、魔法取締官としての仕事の一つである脱法魔法についての課外授業を
「おねーちゃん、なんでー? なんで使っちゃいけないの?」
「難しい魔法っていうのはね、一歩間違えれば自分も周りも危険に晒しちゃうの。だからちゃんと知識もあって政府の許可も降りている人しか使っちゃダメなんだよ」
「『こい』ってなあに? ドキドキするやつ?」
「違う違う! 恋じゃなくて故意、わざとって意味!」
粛々と、こなしている……はずなのだが、こんな感じで質問攻めに会い一向に授業が進まない。
「あと説明しなくちゃいけないことは、えっと……ああ、もう時間が全然足りないよ〜!」
「全く、小難しく説明しすぎじゃないのか? もっと噛み砕け、もっと」
端っこで見守っていたマイラ先輩が、見かねたように助け舟を出してくれる。
「お前ら、静かに! 次で最後だ、よく聞いとけよ」
パンパンと手を叩きながら、先輩は私の前に躍り出て、黒板に何かを書き始めた。
「いいか、魔法ってのは基礎魔法と補助魔法、主にこの二種類に分けられる。さっき言ってた難しい魔法ってのは大体サブ、つまり補助魔法の方だ。そしてメインの基礎魔法だが、主なものは四つ、火、水、風、土。これらは単独、つまりそれだけでも使えるが、混ぜ合わせることでもっと使い方の幅が広がる。この混ぜ合わせた魔法を複合魔法と呼ぶ」
黒板に描かれた四色の丸がそれぞれ重なり合う部分を、先輩は塗りつぶしながら説明を続けた。
「ただし! この複合魔法ってやつは補助魔法に比べたらまあ簡単ではあるが、子供なんかには難しいし何より混ぜ合わせる配分を間違えて暴走しやすい。だから十八歳以上の大人にならないと使ってはいけないきまりがある。優秀だからって、調子にのって試すのはやめておけ。将来に響くし親も悲しむ。以上だ」
「複合魔法!? 何それカッコいい! 見たい〜!」
自分の工夫次第で変わる、というところが子供心を刺激したのか、見ていた子たちは口々に「見たい、見せて」と連呼し始めた。
「……よしカンナ、出番だ」
「え〜、私ですかぁ? 先輩が見せてあげればいいじゃないですか」
「何言ってるんだ、お前。いつも散々複合魔法使ってるんだから、一回の実演くらい出し惜しみせずやれ」
「……ま、それもそうですね」
観念した私は大人しく箒にまたがり、精神を研ぎ澄ますべく目をつぶる。
「よし、いきます。
足元に押し込められた魔力が一気にエンジンとなって解放され、瞬く間にその体ごと空へ打ち上げる。そっと瞼を開けば、眼下に広がる人の営み。興奮した子供たちの小さな影が、ひとかたまりの生き物のようにザワザワと
『はい、今見せたのが複合魔法だ。この場合は、この風と火、二つを若干風多めで混ぜている……と思う。複合魔法は他と違って詠唱、つまり名前づけが必要になるんだ。だから今飛んだやつは口でわざわざ
先輩の説明がとんがり帽子を通して頭に響く。言われてみれば確かに、他の魔法を使う時に周りの人が叫んでいるところを見たことがない。自らの
『……ん、そろそろ時間か。おい、カンナ。もういいぞ』
どうやら授業はここまでのようだ。頬を撫でる風に目を細めながら、ゆっくり、じっくりとその高度を下げていく。
「……んん?」
見下ろした先、青空教室の集団に向かって走る人影が一つ。一体誰だろう。先生とか? それにしては格好が変だ。遠目でよくわからないが、全身黒ずくめな上、両手に何かを持っているようにも見える。明らかに怪しい。そう、端的にいえば、不審者である。
『先輩、そっちに誰か向かってるみたいですけど、見えますか? 全身黒ずくめの……』
そう連絡を取った瞬間、不審者は突然両手を大きく振りかぶり、思い切り前へと突き出した。鈍い光を帯びた何かが、ぐんぐんスピードを増して子供たちの頭上へと飛んでいく。
咄嗟に詠唱をかけ直下するが間に合わない。完全に不意をつかれた形になってしまったことがただただ悔しい。思わず奥歯をギリリと噛み締める。こんなことならさっさと降りておけばよかった。そう後悔した時だった。
「
その小さな呟きと共に現れた水球が、先輩の指先から勢いよく放たれる。それは空中で三つに分かれ、一つは不審者の顔、残り二つは謎の
不審者は咄嗟に上手く火の魔法を使いこなし、その拘束を空中で振り
その黒ずくめの男が地面に
「……往生際の悪いクソテロリストめ。おい、避難誘導! 早くしろ!」
「は、はい!」
何事かと集まってきた先生も含め、その場にいる人々をより遠い校舎へと移動させていく。校庭はもはや、先輩と不審者、二人きりの戦場と化していた。
『カンナ・シエロより、本部へ。ディース小学校の課外授業において、不審者が乱入。マイラ・アクレアが交戦中です。例の魔力爆弾を所持していると思われます。至急、応援を頼みます!』
魔力爆弾。それは、決して世に出回ってはいけない悪魔の武器だ。通常、爆発を起こすためには大量の魔力を火、水、土、風、四種全てに変換し絶妙なバランスで混ぜ合わせる必要がある。
一歩間違えれば自爆もあり得る危険な魔法。故に、使える人はほとんど存在しない。しかし、その爆発を、魔力さえ持ち合わせていれば誰でも起こすことを可能にしてしまう武器、それがこの魔力爆弾である。
「まさか、こうも立て続けに魔力爆弾が使われるなんて……。盗まれたって話は聞かないし、やっぱり誰かが作って流してるのかな……」
教会での失敗がふと頭をよぎる。その不安を取り払うように小さく首を振って、私は遠くの戦場を見据えた。
「ちょうどいい、前は確か、テロリストが死んでしまって尋問すら叶わなかったからな。ここでお前をしょっぴいて、ついでにたっぷり情報を引き出してやるよ」
「しょっぴく? ハッ、テメェみたいな女のガキにやられるほど俺は弱くねぇ。魔法はな、自由に使ってこそ意味がある。魔取なんかクソくらえだ」
「……もう一度、言ってみろ」
「なんだ? 爆弾で耳でもイカれちまったか、おチビちゃん」
瞬間、無数の水滴が先輩の周囲を埋め尽くさん勢いで増殖し、敵を完全に取り囲む。
その気迫に
「グゥッ……!? なん、だ、コレェ……」
テロリストは炎を出し蒸発させようと
「爆弾の出所を吐け。そうすればさっきのチビ発言も許してやるよ。顔の形がわからなくなるまで溶かすのもやめておいてやる。さあ、三秒以内で答えを出せ。三、二、い……」
「わ、わかった! 話す、話すからやめてくれ!」
どうやら、もう決着はついたみたいだ。お見事、という他ない。
これで一安心だと思わず胸を撫で下ろす。その時、避難場所である建物から飛び出した女の人が、辺りをキョロキョロと見回している様子がチラリと目に入った。姿格好からして恐らく先生の一人だ。
「あの、今はまだ外に出たら危ないので、中に……」
そう声をかけた瞬間、彼女は猛スピードで校庭を駆け抜けあっという間に外へと逃げた。
「……あれ?」
「あ、あいつだ……さっき逃げたあいつに、貰った、んだ……」
「え? 何、どういうこと?」
「何をボサっとしてる! そいつが黒幕だ、さっさと追え!」
「わ、ひゃいぃ!」
慌てて全速力で追いかけるが、筋力強化の魔法でも使っているのか一向に追いつかない。
噛んだ拍子に広がった血の味を口の中でなんとか処理しながら、私はなんとか息を整え、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
「
叫んだ瞬間、
「くっ、速い……!」
手を伸ばせばギリギリ届きそうで届かないその距離が、いくら加速してもなかなか縮まらない。きっと相当の魔力を足に集中させているに違いない。かくいう自分も、詠唱するたびに魔力が一気に削られている。
どちらの魔力が尽きるのが先か、半ば根比べのような状態が続くと思われた。しかし女は急に立ち止まったかと思うと、次の瞬間、なんと華麗なムーンサルトを披露した。その一瞬の間、太陽を遮り頭上を飛び越える姿が、まるでスローモーションのように視界を横切る。
「しまった!」
つまり、不意打ちにめっぽう弱いのだ。
「まずい、魔力が……」
なんとかその後ろ姿を捉えようと粘るが、方向転換の際に魔力を消費しすぎたせいで思うようにスピードが出ない。
「……ダメだ。反省は後、前も先輩に注意されたじゃない」
たった一つの魔法を完璧に磨き抜く。それも
「……時間稼ぎくらいには、なってほしいけど」
再び彼女の背中に手を伸ばす。しかし、それはこちらから掴みにいくためではない。向こうからこの手に、転がり込んでもらうためだ。
「
放たれた魔力は前方の地面を液状化させ、一時的な底なし沼を作り出す。女は必死に抵抗するが、ジタバタすればするほど、魔力を
「脱法魔法の行使、および禁止武器の開発。到底、許されることじゃない。しかもあなた、先生でしょ?」
「ごめん、なさい。お金が欲しくて……。ただのお小遣い稼ぎのつもりだった。でもまさか、私の作ったおもちゃが子供たちを危険に晒すことになるなんて……本当に、ごめんなさい」
魔法を解除し、その腕に手錠をきっちりとかける。しなやかで細い手首に、この無骨な手錠はあまりにも不釣り合いだった。
「爆弾は、おもちゃなんかじゃない。立派な武器。人だって簡単に殺せてしまう。牢の中でじっくり考えて、反省して、それでもし出られたら……今度は私なんかじゃなくて、ちゃんと子供たちや、被害を受けた他の人に謝って」
駆けつけた他の魔取や兵隊が、項垂れる彼女を立ち上がらせ、署へと連れて行く。
「……あなたって、少しお節介ね」
でも、ありがとう。そう言って女は大通りの奥へと消えていった。
『……終わったか?』
『はい、無事引き渡し、完了しました!』
『こっちも、応援のやつらが来て男を連行していったよ。全く、人騒がせにも程がある』
『そっち、戻りましょうか。まだ授業の締めが……』
『いや、こっちで終わらせておく。先に、署にでも帰っておけ』
先輩との念話はそこで途切れた。普段は厳しいけれど、なんだかんだ後輩に優しい。先輩は、実はツンデレの部類に入るのではないかと私は密かに思っている。
先輩が署に帰ってきたらまず、あのえげつない魔法について色々聞いてみたい。あと最初の水の弾丸も。そんなことを思いながら、仕事終わりの風に吹かれて、私は空へとその疲れた体を預けた。
遠く燃える沈みかけの夕日。その
「……眩し」
私の呟きにまるで呼応するかのように、水平線が一層その輝きを増したような気がした。
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