第23話〈迷子の男の子は危機管理能力が低い〉
急にぶつかってきた男の子が大声で泣き出す。
俺のお腹くらいまでしか身長がなく、年齢的には5歳くらいか?
「おいおい、なんだなんだ」
宿の奥から、ぞろぞろと他の宿泊客が出てきてしまった。
「ぅえああぁぁぁん!」
堰き止めていたものが出てきたようで、涙が止まる気配は無い。
「あああ、ごめん! 痛かったよね」
一先ず謝る。
なぜ泣いているか理由はわからないけど、やっぱり子供は声が大きい!
どうしたらいいかと、横で伊能ちゃんもおろおろしている。
男の子は混乱しているのか、俺に抱きつく形で泣く。ま、周りの目線が……!
「お、落ち着いて欲しいのよ。あぅ、えっと」
子供をあやした経験が全くない2人だ。こんな時にどうしたらいいかわからない。
と、そんな時。宿泊客として来ているらしいおばあさんが前に出てきた。
「おやおや、そんなに泣いてどうしたのかな?」
た、助け舟だ……!
「もしかして——お父さんとお母さんに置いていかれちゃったのかな?」
眼光が鋭い……まさかこの人!
「じゃあ……そこの2人には……責任をとって貰いたいィ……かな」
全部押し付けてきた! 喋り方も、周りの人に聞かせるようにゆっくりしている。
周りの宿泊客も、確かにそうだなー……という雰囲気になってきている。
「ここで囲んで立ってるんじゃなくて、各々の部屋に戻った方が良いんじゃないかな? あと、そこの2人には責任を持って、子供を落ち着かせて欲しいかな」
そう言い残して、そそくさといなくなるおばあさん。俺たちが実の両親ではないことも確認せず、都合の良いことだけを言って去っていった。
と、とんでもない人だ……。
「うぅぅ……ひっ、うぅ」
おばあさんとやりとりをしていた間に、男の子は少し落ち着いたようだった。しゃっくりするみたいに息を引きつらせているけど、泣きじゃくりはしない。
落ち着いている今なら話を聞けるかもしれないけど……。
周囲を見回すと、野次馬根性のたくましい人がまだ残っている。こんな場所でゆっくり話すなんて、大人でも難しいだろう。
「ええっと、とりあえず俺たちの部屋に行こうか」
お腹にしがみつく男の子を抱き上げて、気持ち足早に宿の部屋まで戻った。
「お水なのよ。ちょっとぬるいかもしれないけど」
「う、うん。ありがと……」
伊能ちゃんが、取り出した水筒から水を男の子に渡している。きちんとお礼を言った男の子は、ちびちびと水を飲み始めた。
色々と混乱しているだろうけどきちんと話せるのは、親御さんの教育が良いんだろうな。
「お父さんとお母さんがどこにいるか……わかるかな?」
出来るだけ笑顔を心掛けながら、普段の倍優しい声で話しかける。
「……わからない」
あ、目元がうるうるしてきた。やっぱり不安感が強いんだろうな。
それでも泣くまいと、口元や手に力が入っている。本人はすごく辛いんだろうけど、どうしても可愛らしく思えてしまう。
それと、こんな反応をするということは家出の線は薄いのかな。自分の意思でいなくなったんだったら、もっと強い言葉が出てもおかしくないはず。
「それじゃあ……どうやってこの宿まで来たのか、お話ししてくれる?」
「うん……」
これまでの行動になにか手掛かりになるものがあるかもしれない。そう思って、俺は質問する。
「おかあさんとおねえちゃんと、3人できたの。おねえちゃんはきれいなふくで、おっきいじんじゃでおまいりしたの。それからね。3人で、なんか、いろんなところをみにいこうってなって、そしたら、2人ともいなくなってて……」
段々、泣きそうなのが強くなってきた。思い出して悲しくなってきたんだろう。
「この辺りでわざわざ行きそうな神社……二荒山神社かしら」
伊能ちゃんが話から場所を予想してくれる。俺としても、場所はそこ以外に見当がつかない。多分、二荒山神社で確定だろう。日光にも同じ名前の神社があるけど、すぐそこにある宇都宮二荒山神社じゃないと子供の足で街を歩くのは無理だ。
「すぐに探しに行きたいけど……時間が時間だからね」
もう外は真っ暗だ。流石に、こんな中で子供を連れ回すわけにはいかない。お母さんとお姉さんも心配しているだろうけど、こんな子供を外に連れ出す方が不安だ。
「そうよね……じゃあ、今日はここで一緒に寝てもらうのが良いかしら」
「だね。……ねえキミ、名前を教えてくれないかな」
「…………じろう」
なんとも簡素な……。まあ奇抜じゃない分、覚えやすいけどさ。
「次郎くん。俺たちと一緒にお母さんとお姉ちゃんを探そう。でも、もう外は真っ暗だから、明日の朝から出発でもいい?」
今から番屋に連れて行っても、結局大した保護はしてもらえないだろう。行ってお母さんたちがいてくれたら良いけど、そんな保証もない。
さあ、今すぐ行きたいって駄々をこねないと良いんだけど……。
「うっ……うん」
一瞬泣き出しそうになりながらも、こちらの言いたいことを理解してくれた。とても良い子らしい。
「ありがとう。……それじゃあ、晩御飯にしようか。何か食べないと、元気も出ないしね」
「餃子ならたくさんあるわよ。食べきれないほどなのよ!」
部屋の隅に鎮座していた持ち帰り用餃子の山に、伊能ちゃんが手をつける。
忠翰さんたちに届ける前、一旦この部屋に寄って置いて行ったのだ。本当は今晩の晩酌用に買ったんだけど、そんなことをしている余裕はなさそうだからね。
「わぁ……おいしそう」
不安からか反応が薄いけど、喜んでくれているみたいだ。これでちょっとでも元気になってくれると嬉しい。
餃子を食べると多少ほっとしたのか、次郎くんは眠くなってしまったみたいだ。さっきからずっとあくびをしている。
「眠くなっちゃったのね。わたしが見てるから、エイは布団を敷いて欲しいのよ」
「うん。お願いね」
伊能ちゃんの膝を枕にして、次郎くんがうとうとしている。
……子供相手に、そこを代われと嫉妬してしまう。
ううぅ……無事に親を見つけられたら、俺も膝枕してもらおう。
「こら。そんなに羨ましそうに見なくても、後でやってあげるわよ」
伊能ちゃんが呆れたような顔で言ってくる。
伊能ちゃんに考えを見透かされていた。ちょっと恥ずかしいけど、よくわかっていてくれて嬉しい。
照れ臭さを感じながら、布団を敷いていく。
とはいえ、2人で泊まっている部屋に布団は2枚しかない。
つまり……布団の隙間に落ちてしまわないように気をつけながら、川の字で寝ることになるのかな。
「次郎くん寝ちゃったし、布団に移動させるね」
「わたしたちもそのまま寝ちゃいましょうか。明日は朝からこの子のお母さんたちを探さなきゃいけないんだし」
2つの布団の真ん中くらいに、次郎くんをゆっくりと寝かせる。
すやすやと寝息を立てている次郎くん。
「かわいらしい寝顔よね」
伊能ちゃんが次郎くんの隣で横になる。その表情はとても優しげで、母親の顔をしているように思える。
俺も伊能ちゃんの反対側で寝る。すると、次郎くんを挟んで伊能ちゃんと顔を合わせる形になった。
「……寝ましょうか」
「……そうだね」
急に増えた1人の存在を感じながら、俺と伊能ちゃんは眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます