第20話〈宇都宮餃子を食べるだけの逢引き〉

 宇都宮城から出ると、辺りは暗くなっていた。


 そんなわけで、俺と伊能ちゃんは元の宿へ帰ってきていた。


「イチャイチャしながら美味しい餃子を探せ……って、要するに逢引きしろってことよね?」


「多分……そうだろうね」


 伊能ちゃんと膝を突き合わせて、翌日のために作戦会議をしている。


 手をもじもじさせながら、目線を合わせようとしない伊能ちゃん。顔を赤くして照れているらしい。


 付き合い始めて1年経ったというのに、いつまでも初々しい。


「そういえば、わたしたちって『逢引き』と銘打って出かけたことが無かったわね」


「この機会に、初めての逢引きしてみようか」


 そう言うと、伊能ちゃんの顔がより赤くなる。ゆでだこみたいになって、若干心配になるくらいだ。


「そ、そうね。なら、今晩は早く寝ないといけないわね。朝から寝不足じゃいけないわよ」


「むしろ伊能ちゃんの方が心配だけどね。緊張しすぎて眠れないんじゃない?」


「わたしだって子供じゃないのよ! ……まあ、がんばって寝るようにするのよ」


 その後で、「眠れないなら俺に抱きついてみる?」とからかったら、少し考え込んだ後で迷いを断ち切るように断られた。すごく可愛かった。




「じゃあ、出発するのよ」


 おめかしした伊能ちゃんが、宿の中から出てくる。


 伊能ちゃんの提案で、より本物の逢引きみたいにするべく俺は下で待機していたのだ。


 おお……確かにこの方が期待感や緊張感が味わえていいかもしれない。


「うん、やっぱり伊能ちゃんは可愛いよ」


「さらっと言うんじゃないのよ。……ばか」


 うむ、伊能ちゃんの照れ顔はやはり良い。


 とはいえ、ずっとここで話しているわけにもいかない。美味しい餃子を探さないと。


 宿から出て銭湯へ行った時の道を通る。一昨日この道を通った時、道沿いの餃子屋に目が行ってたからね。


「いろんな種類の餃子があるわね……どれから食べていこうかしら」


 軽く見えるだけでも、焼き餃子に水餃子、果物と合わせるような物もあるらしい。試行錯誤の跡が見えるね。


 他には……豆腐入りの物なんかもあるらしい。餃子の皮に包まず、ちくわの中に具を詰めたような物まである。言ったもん勝ちになってきてないか?


 まあ、それを見ている伊能ちゃんの目が輝いてるし、良いとしよう。


「最初に食べるのは、王道な餃子がいいわよね。なら……あそこの焼き餃子かしら」


 伊能ちゃんが指差す先には、それなりに繁盛している焼き餃子専門の屋台がある。確かに、ああいう店なら間違いはなさそうだ。


「行ってみようか」


 ちなみに、今日は朝から大雑把店主こと田中忠舜さんは不在だ。どうやら、姉の戸田忠翰さんに呼び出されているらしい。怒られているような予感がする。


 屋台の列に並んで待つこと少し。俺たちの番がやってきた。


「焼き餃子を1つ、お願いします」


「あいよ。ちょっと待ってな」


 これからいくつも餃子を食べることになるし、2人で分けて食べることになった。それはそれで逢引きっぽくて楽しそうだ。


「ほら、熱いから気をつけて食うんだぞ」


 お代を払って、餃子が盛られた小皿を受け取る。この辺りで食べて、完食したら皿を返すのが餃子の屋台としては一般的なようだ。


「ありがとうございます」


 爪楊枝が刺さっている餃子は、どれもこれも香ばしい匂いを発している。にんにくの香りもするから、今晩は気合を入れて歯を磨かないといけないな。


 屋台から少し離れて、人混みの隙間に入る。ここなら少し落ち着いて食べられそうだ。


「早速いただくのよ」


 伊能ちゃんが一足早く餃子を手に取っている。ずっと楽しみにしていたみたいで、注文している時も焼いてもらっている時も体の疼きが抑えられていなかった。


 爪楊枝の先にある餃子を、伊能ちゃんが一口で頬張る。


「あふっ、はふっ」


 口から息を吐いて、少しでも冷まそうとする。


「焼き立てを急いで食べるからだよ。餃子は逃げないから、落ち着いて食べて」


 はふはふ言っている伊能ちゃんに、今朝宿で汲んできたばかりの水を渡す。


 なんとか飲み込んだ伊能ちゃんが、ひょうたんに口をつけて水を飲む。


 ぽんっ、といい音を鳴らして口からひょうたんを離した伊能ちゃんは、まばゆい笑顔で俺の方を向いた。


「これ、すごく美味しいのよ!」


 本当に美味しかったのだろう。先ほど使ったばかりの爪楊枝に、新しい餃子を刺している。


「はい、食べてみるのよ」


 そしてそのまま、伊能ちゃんが俺に餃子を突き出してきた。


「ほら、手に餃子を持ってくれてるでしょ? だから、わたしが食べさせてあげるのよ」


 何の下心も見えない、純度満点の笑顔で差し出してくる伊能ちゃん。ああ、可愛い。


 実際、俺も宇都宮の餃子は食べてみたいと思っていた。というわけで、ありがたくいただくことにしよう。


「いただきます」


 伊能ちゃんの手から直接食べるのは、なんだかむず痒い感じがする。伊能ちゃんに出発してすぐ、海老天をあげた時はなんとも無かったのに、される側に立場が変わると感じ方もだいぶ変わる。


 軽く息を吹きかけて、冷ましてから口に入れる。


 と、中から熱い肉汁が飛び出してきた。少し驚いたが、まだ許容範囲内の熱さだったから我慢。


 そんな肉汁が飛び出てくるが、ただ脂っこいだけの汁ではない。野菜の旨味やにんにくの強烈な風味と混ざり合って、これ単体でも勝負ができそうなほど味が決まっている。


 しかし、これが本領ではない。中の肉と野菜が、1口噛むだけでじんわりと味を放出する。野菜と脂の甘味が口いっぱいに広がり、まだ味わっていたいとさらに口を動かしてしまう。


 これは熱くても食べてしまうな。とても美味しい。


 それにしても……食感がまた面白い。


 主に焼いていた底面が焦げているが、この部分がパリパリとしているから噛んでいて楽しい。若干の苦味があるのも、味に1つの深みを与えている。


 その他の部分も柔らかく、けれどしっかりと食感が残っている。食べていてなんとも幸せな気分になってくるな。


「……うん、美味しい」


「でしょ?」


 目を輝かせている伊能ちゃんが可愛い。……なんか今日、美味しいか可愛いしか思ってないな。ま、そんな日があってもいいだろ。


 美味しそうに餃子を頬張る伊能ちゃんを眺めながら、これからの逢引きに胸を躍らせた。

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