第12話〈お泊まり会〉

 至時ちゃん、志勉さんと別れ、近くの宿を目指す。


 至時ちゃんも値切り交渉に行ってくれたという貸し原付に乗って、宿がありそうな街まで飛ばしていく。


 その道中、すごく気になるものを見つけた。


「伊能ちゃん! 古河城だよ古河城!」


「このお城くらいは知ってるわよ。将軍が日光東照宮に参拝する時に泊まる所よね。最近は行ってないみたいだけど」


 地味な見た目だけど、江戸城を北方からの攻撃から守る役割も担っている、重要な城だ。


「それじゃあ、この辺りで宿を探しましょ。もう日も暮れてるし」


 貸し原付は、全国各地の発着場で返すことができる。幕府の情報伝達網を使って返却状況とかを管理しているらしく、これが実現できた。


 違う場所で借りた原付を、移動した先で返却する。しかも格安で利用することができる。この制度を整備してくれた幕府と、値引き交渉をしてくれた伊能ちゃん、至時ちゃんには本当に頭が上がらない。


 適当な発着場に原付を返し、歩いて宿を探す。


 すると、早々に宿屋の看板を見つけた。


 が、


「あー……部屋が全部埋まってて相部屋になっちゃうんだって。どうする?」


「わたしは構わないわ。今日は疲れたし、寝られればそれで」


 2人旅ということで、料金が高くなってしまっても個室に泊まりたい所だったが、今回ばかりは2人とも疲れている。相部屋となってしまうが、我慢しよう。


「では相部屋となります。今日はあまりお客さんがいなくてですね、女性客2人と一緒の部屋です」


「わかりました、それでお願いします」


 通された部屋は、前回の旅館より広そうな部屋だった。まあ、あの狭い部屋に4人を詰め込むのはやりすぎな気もするし、こんなものだろう。


「伊能ちゃん、大丈夫? 人見知りとかしない?」


「子供扱いしないで欲しいのよ。……確かに、初対面の人と話すのは苦手なのだけれど」


 女性客2人みたいだし、むしろ気を使うのは俺の方になるだろう。いい感じに友達になってくれると嬉しいんだけど。


 どんな人なんだろうかと考えながら、襖を2、3度叩く。急に男が入ったら驚かれるだろうし。


「あ、相部屋さんかな〜? どうぞ〜」


 ……中から聞こえてくる声には、聞き馴染みがあった。というか、つい数刻前に別れたばかりだ。


「あれ? この声って……志勉ちゃんよね?」


 悩んでいても仕方がないから、気合を入れて襖を開ける。


「えっと…………さっきぶりだね、志勉さん、至時ちゃん」


 部屋にいたのは予想通り、志勉さんと至時ちゃんだった。至時ちゃんは口をぽかんと開けて驚いている。


「相部屋として通されたんだけど……いいかな?」


「か、構わないのだ……」


 妙に気恥ずかしい。お互いに別れ際で格好つけてまた遠いところで再会を約束したのに、あまりにも早い再会となってしまった。


「あ〜、気持ちもわかるけどさ、荷物重そうだし入ってきたら〜?」


 至時ちゃんの正面で読み物をしていた志勉さんが、立ち尽くす俺に声をかける。


「……まあ、全く知らない人との相部屋じゃなくて安心したわ」


 こんな時に女の子は強い。伊能ちゃんはさっさと部屋に上がっていった。


 伊能ちゃんの後に続いて、俺も部屋に上がる。けれど、なんとなく気まずくて至時ちゃんとは目を合わせられない。


 部屋の隅に荷物を置いて、ずっと立っているのも変かと思い適当に座る。


「…………、」


「……ぅ……、」


 至時ちゃんと目線を合わせず、無言で時が流れる。何を話せばいいのかわからない、と言った方が適切だろうか。


「ああもう、焦ったいわね。エイも師匠も、適当なことでいいから話すわよ」


 伊能ちゃんが立ち上がり、背負っていた荷物を開けた。そして、測量機械であるプラネを持ち出す。


「この辺りの測量がしたいから、動かさせてもらうわね、師匠。あと、一晩中動かしてると電気が勿体無いから、終わったらすぐに片付けたいのよ。寝ちゃわないように、4人で何か話してましょ」


 伊能ちゃんが提案してくれる。


「いいね〜。恋バナしよ、恋バナ〜」


 囃すようにして、志勉さんが乗っかる。


 そして、諦めたように至時ちゃんがため息をついた。


「確かに、このまま無言を貫いていても仕方ないのだ。ほら、早速それを設置するのだ」


 至時ちゃんが俺に手を差し伸べる。ほっそりとしたように見えて、筆記具の跡がくっきりとついている仕事人の手だった。


「……そうだね、ごめん」


「なんで謝るのだ? せっかく友になれたのだ。互いのことを全く知らないことほど、損な事はないのだ」


 至時ちゃんの出した手を握り、立ち上がる。気のせいだとは思うけど、視界が綺麗に澄み渡っているような感じだ。


「シャキッとしたわね。だったら手伝ってもらえるかしら? わたしも疲れてるのよ」


「ごめんごめん」


 窓際にプラネを設置している伊能ちゃんが、こちらを見ずに言ってくれる。その言葉に、至時ちゃんと2人で手伝いに行く。


「おやおや〜? 仲が良さそうだね〜……」


「っ!」


 びっくりした……。

 真横から志勉さんが耳打ちしてきたのだが、その声が凄まじい圧と闇を感じさせてくる。


 恐ろしい人だ……。


「ん? どうしたのだ、シメ?」


「ん〜ん、なんでも〜」


 そして、こんな志勉さんを制御している至時ちゃん、やっぱり大物だよな……。


 伊能ちゃんの方に集中しよう。……と、一つ思い出したことがある。


「あ、そういえばなんだけどさ。伊能ちゃん、前にプラネを使った時に天井がないことを確認してなかった? 今回は屋内だけど、ここにおいて大丈夫なの?」


 そう。前回外に設営した時は、空に何もないことを重要視していたように感じた。それなのに今回は一分の隙もなく屋内だ。


 窓を開ければ外が見えるとはいえ、真上には天井がある。伊能ちゃんが測量に関することでそんな簡単な失敗をするとは思えないし、何か理由があってのことだろう。


「そうだったわね。でも実は、天井があっても少ししか光がなくても観測自体はできるのよ。地形を見るだけだったら、機械に光は必要ないってことかしらね」


 そういうものなんだ。


「わたしは機械に詳しくないからどういう理屈なのかはよくわかってないけど、少なくともこの窓から入ってくる星灯りだけで測量はできるのよ」


 まあその分時間がかかるんだけど、と伊能ちゃんは付け足す。


「そんな物で測量ができる……すごい時代になったのだ」


「ね〜。見た目はキノコみたいなのに〜」


 キノコ……と言われると、確かにそう見える。


 伊能ちゃんは、そのキノコに紙を食べさせていく。そんな様子を見ていた至時ちゃんから、新しい質問が飛んできた。


「その測量機械に、電信板は使えないのか? 最新の道具であれば大概使えると思うのだ」


 電信板、というのは、エレキテルを改造して作られる通信機器のことだ。平たい板の形をしており、その表面を直接触って様々な操作ができる、便利な道具。


 ごく限られた層でしか普及していないが、その限られた研究者や要人の間では手放せない必須のものとして有名だ。


「この辺りから情報をやり取りできそうだよね〜。確かに、どうして紙を使ってるの〜?」


「俺たちも紙じゃなくて電信板を使いたいんだけどね……」


「あの『おっとせい』将軍め……」


 伊能ちゃんが、静かな怒りに燃えている。まあ、憤るのも仕方ない。


「状況が掴めないのだ……なにか将軍がやらかしたのだ?」


 至時ちゃんの質問に対しては、はいとしか言いようがない。


「電信板に入れる通信用の機能を開発してもらう予定だったんだけど、将軍がそれの指示を忘れてて間に合わなかったんだよね」


「本来なら既に使えてるはずだったのよ……」


「あ〜……それは災難だったね〜」


 いや本当に……。


「おかげで装填が終わるまで電信板が使えないし、今度ある日食を綺麗に観測しようと思ったら江戸を離れる必要があるからこれ以上出発を延ばせないし……」


「実は色々とギリギリなのよね……日食までに電信板が間に合えばいいんだけど」


 って、その日食予定を記したのも至時ちゃんなのか。寛政暦を参考にして確認したし。そう思うと、改めて至時ちゃんのすごさを思い知るし、そんな彼女に弟子として認められてる伊能ちゃん、実はとんでもないのでは?


「……と、これで測量機械、『プラネ』の準備は完了したのだ」


「そうね。…………よし、起動完了よ」


 うっすらと青い光を発したプラネは、すぐに仕事を始めたようだ。紙が一枚飲み込まれ、中からウィーーー……と聞こえ出した。


「これで一件落着だね〜。じゃあ〜……親睦を深めるために、四人でお話ししよっか〜」


 志勉さんが音頭を取り、次の予定が決まった。個人的には女の子3人に囲まれて気まずいんだけど……。


「それじゃあ、布団も敷くのだ。どうせなら横になりながらの方が、すぐ寝れるし良いのだ」


「いや、その方が俺の犯罪感が増すような気が」


「気にしないで、とは言えないけど……変な気は起こさないでよ」


 伊能ちゃんに釘を刺されている間にも、至時ちゃんと志勉さんは布団を準備している。


 ここはもう、この地で有数の知識人と意見を交わせる良い機会だと割り切ろう。


 至時ちゃんと志勉さんが見ていないうちに、そそくさと寝巻きに着替えた。


「ちょっと便所に行って来るね」


 そう言って、一時的に俺は退散した。

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