第9話〈旅の仲間!?〉
「測量の旅に、あーしを連れて行くのだ!」
至時ちゃんが言い出したその言葉に、俺と伊能ちゃん、志勉さんまで固まってしまった。
「えっと……それはどういう——」
「どうもこうもないのだ! その男の代わりに、あーしを旅に同行させるのだ!」
至時ちゃんが俺のことを指差しながら、叫ぶように言ってくる。
「よ、よしチャ〜ン。だめだよ、そんな〜」
志勉さんが焦ったようにそう言う。
そうだ。俺と伊能ちゃんは恋人関係。そんな間柄の旅に師匠が同行するなんて——
「ボクを置いて行くの〜? よしチャン、なんにも出来ないでしょ〜」
「いやそっちの心配ですか!」
俺が声を荒げて突っ込みを入れると、志勉さんは心底不思議そうに首を傾げた。無表情で不思議系な彼女がすると、かくあれと言わんばかりによく似合う。
「心配いらないのだ! 当然シメも一緒に行くのだ! ついてこないのは、そこの男だけなのだ!」
その答えを聞くと、志勉さんは満足したように茶を啜り出した。ずーっとそれ口に当ててるけど、まだ飲み終わらないんですかね。
と、そんなことを考えている暇はない。このままではなし崩し的に俺が追い出される決定になりそうだ。
いや、第一伊能ちゃんの意見を聞いていない。伊能ちゃんから拒否してもらえば……!
伊能ちゃんの様子を伺う。
か、完全に脳が停止している……!
頭から蒸気が出てしまいそうなほどに考え込んでいる伊能ちゃん。考え込んでいるというか、考えようとしても考えがまとまらない、みたいな感じだろう。
「ほら、推歩先生は何も言ってこないのだ。つまり、あーしと旅をすることに異存ないってことなのだ!」
「いやいや、それはあまりにも暴論すぎるでしょ! 本人から何も言われないからって、それは別に肯定の意味では無いから!」
ここは食らい付く! 最初は聞き分けのいい子かと思ったけど、この子の本性は相当ワガママらしい。実際すごいことをしてるし、言えばなんでも揃うような環境で生活してたりするんだろう。
話を逸らしてもいいから、伊能ちゃんが復帰するまで時間を稼がないと。
「大体、至時ちゃんは伊能ちゃんの何なんだ!」
「天文学を教えた師匠に決まってるのだ!」
ぐうの音も出ない正論! 初手から質問を失敗してしまった。
「オマエこそ、推歩先生とはどんな関係なんだ!」
「どんなと言われても、俺は伊能ちゃんの彼氏だ!」
反撃が決まった。よし、これで相対は一対一に——
「認めないのだ! 推歩先生のことは、あーしの方がよく知ってるのだ!」
「いや認めろよ! 伊能ちゃん本人が彼氏だって言ったし、それをオウム返ししたのは至時ちゃんだったでしょうが!」
「だったら——」
至時ちゃんが俺から一歩離れる。そして、大きな声で宣言した。
「だったら、どっちが推歩先生のことを知ってるか、勝負するのだ!」
かくして、伊能忠敬ちゃんの事をどちらがよく知っているかを競う大会が、とあるお寺にて開催されることになった。
「わたしが聞いてない間に、どうしてこんなことになってるのよ……」
「今回の大会、司会はボク、志勉がやらせてもらうよ〜。解説兼答え合わせには伊能忠敬チャン本人に来てもらってま〜す」
囲炉裏を挟むような位置で座っている俺と至時ちゃん。
対して司会の志勉さんは俺の右手側の辺に、伊能ちゃんは最初に座っていた左側の辺に座っている。それと、さっき住職さんが来てお茶を足してくれた。ありがたい。
「今回の大会は、互いに質問する形式で進めたいと思います〜。それぞれ、伊能忠敬ちゃんに関する質問を投げ合ってくださいね〜」
志勉さんが規則を説明してくれる。それを半分聞き流すようにしながら、俺は集中力を高めていく。
「最大で10問にしようね〜。先に間違えた方が負けで〜。これを超えたら、またどうするか考えようか〜」
わかる問題を確実に取るのは間違いないとして、わからない問題も伊能ちゃんならどうするかを予想して答える。
とにかく、俺の大好きな伊能忠敬ちゃんを、頭の中に降臨させる。俺の想像上の伊能忠敬ちゃんがどれだけ本人に似ているかが、勝負の分かれ目になるだろう。
「それじゃあ、先手後手は簡易的な丁半で決めようか〜。ボクが持ってきた賽があるから、それを使うね〜。ボクが振ると如何様を疑われるかもしれないから、忠敬チャンに振ってもらおうか〜」
志勉さんが伊能ちゃんに賽を1つ手渡す。状況がよくわかっていない伊能ちゃんだけど、渋々という感じで受け取っている。
「あーしは——丁!」
「なら俺は——半!」
「これにて……勝負〜!」
いまいち締まりのない声で、志勉さんが宣言する。
伊能ちゃんは、囲炉裏に賽が落ちないように畳の上で振る。
コロコロと転がっていった賽の出目は…………4!
「あーしが先手なのだ!」
丁を選んでいた至時ちゃんが、質問の先手を取った。つまり、俺は先に回答をする側になる。
「まあ、あーしも鬼じゃないのだ。最初は簡単な問題からいくのだ」
至時ちゃんが、俺を見下すように言ってくる。
「それじゃあ、第1問〜」
志勉さんがゆるく司会を務めてくれる。緊張している雰囲気に合わない声だけど、これはこれで体の力をいい感じに抜くことができる。気がする。
「いくのだ——推歩先生が生まれたのは、どこの国なのだ?」
「上総国!」
俺は即答する。それくらい、伊能ちゃんの彼氏としては当然の知識だ。
「正解発表は、忠敬チャンからどうぞ〜」
「わたしが合ってるか判断するのね……正解よ」
小さく拳を握る。知っている知識だったとはいえ、こういう場で正解すると嬉しいものだ。
至時ちゃんもこれくらいは正解すると踏んでいたのか、悔しそうな様子は見えない。
「なら俺も、最初は様子見かな」
これくらいなら、伊能ちゃんと親交があれば確実にわかるだろう。それに、切り札は最後まで残しておきたい。
「よ〜し、第2問〜」
「伊能ちゃんの好物は、何と何?」
「牡蠣とそば、なのだ!」
至時ちゃんが一瞬で答える。これは俺でもわかる、正解だ。
「師匠、正解よ」
「ふん、これくらいわかって当然なのだ」
至時ちゃんが威張るように鼻を鳴らす。
この2問で、互いに勝負の土俵に立てるだけの知識はあることがわかった。だから、威張るようにはしているが油断している雰囲気はない。
「どんどんいこうか〜。第3問〜」
志勉さんが合図する。至時ちゃんは少し考えた後、問題を出してきた。
「問題なのだ。推歩先生の体で、他の人とは変わっている所があるのだ。それはどこなのだ?」
他の人とは、変わっているところ……か。
俺は至時ちゃんの顔を見ながら、考える。
「おや〜? ちょっぴり考え込んでるみたいだね〜」
「いや、もう答えるよ」
少し考えたが、本当に少しだけだ。
「答えは……左足の中指が、真ん中の関節から横にぷらぷら動くこと、だ」
「な、なんでエイが知ってるのよ!」
なんでと言われても、昨日の夜に気づいたからだ。
足を持ち上げた時、キレイでかわいらしい足の指を触ってみたくなって触ってみたら、思いの外軽く動かせた。
それに伊能ちゃんが気付く前に「来て……!」と言われちゃったからそれ以上は触っていないけど、非常に良い特徴だった。
「ふふ〜、第4問いっちゃおうか〜」
伊能ちゃんの質問には答えず、志勉さんの指示に従う。至時ちゃんと先に決着をつけなければ。
至時ちゃんは伊能ちゃんの体の秘密で攻めてきた。ならこちらも、同じように伊能ちゃんの秘密でいってみよう。
「第4問……伊能ちゃんの、ちょっと恥ずかしいホクロはどこにある?」
「何でそんな問題出すのよ!」
伊能ちゃんが声を荒げるが、俺も至時ちゃんも、志勉さんですら反応しない。なぜなら、試合が白熱するにつれてこんなものではなくなってしまうからだ。
俺と同じく一瞬だけ考え、至時ちゃんは回答してきた。
「左脇、胸の真横にあるのだ」
「師匠も、どうして答えられるのよ!」
至時ちゃんの回答に、俺はやられたと思ってしまった。
伊能ちゃんの恥ずかしい位置にあるホクロは、2箇所ある。
至時ちゃんが言った左胸のホクロと、鼠蹊部に2つ並んでいるホクロの2つだ。
解答が2つあるのに、両方答える指定を出さなかった俺の失敗だ。
「それじゃあ忠敬チャン〜。こっちの方で確認させてもらおうかな〜」
「え……み、見せるの!?」
志勉さんが立ち上がって、伊能ちゃんの手を引く。部屋の隅に連れて行くと、伊能ちゃんに背を向けさせた。
「こ、こんな所で……! 住職さんが来たら——」
「大丈夫〜。ボク耳は良いから〜」
至時ちゃんも俺も、伊能ちゃんに注目している。
「早く脱いでくれないと、日が暮れちゃうよ〜」
「ううぅ……わかったわよ…………」
伊能ちゃんが、長襦袢の帯を解く。帯が畳に落ち、ぱさ、と音を立てる。
小さくうめきながら、伊能ちゃんが志勉さんに向けてえりから長襦袢を開く。
真っ白なそれが、うっすらと伊能ちゃんの体の線を透けさせている。主張の控えめな彼女の体は、だからこそ想像力をかき立てる。
と、至時ちゃんと目が合った。
お互いに親指を上げ、感動を分かち合う。
今、至時ちゃんと俺は同じ気持ちだ————
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