第6話〈城跡へ行こう!〉

 宿を出た俺たちは、予定よりも少し遅れて出発したために急ぎ足で進んでいた。

 けれど、急いでいる理由はそれだけではない。


「急に雲が出てきたわね……夏場でもないのに珍しい」


 今にも雨が降ってきそうな空模様だ。どんよりとした雲が降りていて、気分的に息苦しい。

 雨が降っている中を進むのは非常に辛い。


 出発2日目から幸先が不安だけど、人間に天候は変えられない。

 こんなもんだと諦めて、えっちらおっちら歩いている。


 そして、急ぐ理由その2。


「エイ、もうすぐ言ってたお城じゃない? 雨が降り出す前に行かなきゃでしょ」


 伊能ちゃんが言ってくれる通り、今回は俺の目的地を目指して歩いている。


 俺は自他共に認める城好きだ。城の絵を描くことに旅に出る直前まで没頭してしまうくらいには、大好きだ。


 今回の旅は、最終的に全国を回ることになる。それに幕府公認だ。普段は一般人の立ち入りができない城にも、入るのが許されるかもしれない。

 こんな機会を逃すわけにはいかないので、伊能ちゃんに少し無理を言って、行った先の城を見て回ることになっている。


「ねえエイ、最初は何ていうお城なんだっけ? 前に聞いたけど忘れちゃって……」


 平坦だが、先の見えないほど長い道だ。景色もかわり映えしない。となると、2人で話しながら歩くのが1番だよね。


「これから行くのは、栗橋城の跡地だよ」


「栗橋城……聞いたことがあるような、無いような」


 まあ、正直知っている人は少ないと思う。俺だって全部の城を網羅しているわけではないから、知らないことも多くあるだろうし。


「栗橋城は、利根川と常陸川を中継していた城で、江戸と霞ヶ浦をつないでいたんだ」


 つまり、水運の要となる場所だった城だ。


「でも、そんな重要なお城がどうして今はもう無いの?」


「単純に治める人がいなくなったからじゃないかな? 城が放棄される理由の大体はそんな感じだよ」


 伊能ちゃんがへぇ、程度にうなずく。まあ、正直あんまり興味はないだろう。


 雄大な自然や住む場所から遠く離れた場所であればそれを目当てに旅をする人もいる。でも、城くらいなら江戸に住んでいれば毎日でも見ることができる。

 なのにどうして俺が城好きなのかというと、俺が地理好きであることに理由がある。


「伊能ちゃん、城って測量……というか立地の観点から考えると面白いんだよ」


「立地の観点?」


「そう。どうしてこの場所に城を建てる必要があったのか。どうやってこの場所に資材を送り込んだのか。その場所を守っていた兵士はどんなふうに配置されていたのか……。今となっては確認のしようがないこともたくさんあるけど、それを現地の証拠から考えるのが面白いんだよ。あとはなぜこんな構造になったのか、とか逆に自分が攻めるんだったらどう攻略しようか考えたりとかも面白くてね」


「す、すごい長文ね……」


 おっと、一気に話しすぎた。


「ええとつまり、城の構造は土地に依存していて、その土地やその時の戦場に最適な形で建てられるんだ」


「そうなんだ……。それって例えば、どんな感じなの?」


 伊能ちゃんが話を広げるような質問をしてくれる。ありがたく、それに便乗させてもらおう。


「わかりやすいのは山城かな。山の頂上に天守を配置する城で、守りに優れている……というか、優れていたんだ」


「いた、ってことは今はそうじゃないの?」


「まあ昔からなんだけど、籠城に弱いんだよ。なんせ山にあるからね。味方が水を送るのも大変。場所によっては井戸を掘っても水が出ないこともあったみたいだし」


 水を絶たれる悲惨さは、俺もよく知っている。こういうことを考えすぎて食事を抜いてしまったりすることも多いからね。あれ、自業自得では?


 それにしても景色が変わらない。ずっとまっすぐな一本道を進み続けている。

 本当に前へ進んでいるのか、少し不安にもなってきた。


「自然に作られた高低差を使って、上から槍なんかで攻撃していたみたいなんだけど、火縄銃が出てきてからは攻撃側がそれを持ち出すことが多くなったみたいでね。攻撃できる距離から敵が離れていってしまったんだ」


 そんな理由もあって、今主に建てられる城は平城と呼ばれる平坦な土地に建てられるものばかりだ。補給がしやすくて、全体を囲みやすい。あとは政治の中心としても使われるため、人が出入りしやすい場所に建てられている。


「とは言っても、火縄銃が出てくるまではかなり長いこと似たような構造の城が建てられていたみたいだよ」


「聞いている限り、確かに時代の流れによって消えていった印象を受けるわね。山にあるから、先の見えない状態で進むのは大変でしょうし、馬も速くは走れないでしょうしね」


「水が張られた堀は無かったみたいだけど、それでも動きを制限することはできるからね。いざという時に主人を守る、そのためだったら相当強力だったと思うよ」


 自然に見られる地形を利用して、その場所でできる最大限のことをやる。大きな谷があるなら利用して、周りを山で囲われているなら利用して、急な崖を背にして利用して。


 人間の技術と知恵によって生み出された城だが、現在はあまり残っていない。

 江戸幕府が開かれてから、次々と廃城しているからだ。


「戦の少ない今となっては、維持が大変でそこにある意味が薄い、無用の長物になってるんだろうね。すぐに使い道がないんだったら、確かに壊してしまうよね」


「でも……エイに言われて、お城の面白さが少しわかった気がするわ」


 伊能ちゃんは、笑みを俺の方へ向けてくる。


「これから行く所でも、こんな風に話を聞かせてほしいわ。お願いしてもいいかしら、エイ?」


「もちろん、聞いてもらえると嬉しいな」


 と、話がひと段落ついた。

 ——が、まだ風景に変わりはない。


「一体、どこまでこの道は続くのかしらね……」


「……流石に、ちょっと気が滅入ってきたね」


 所々に家があるおかげで、それを見ることで気分を変えることができる。


 とは言っても、角を曲がるつもりはないからその先での出会いに期待することもできないし、働き盛りの時間だからこちらに声をかけてくる人なんていない。


 江戸にほど近いからか、度々大きな荷物を背負って歩いている人はいる。けれどその人たちも同じ気持ちなのか、とても疲れた顔をしている。話し相手のいる俺たちのことを、恨めしそうに見てくる人もいる。


 そういう人たちからそっと目線を逸らして、見る先はやっぱり正面。道が少しがたついている所こそあれど、本当に代わり映えしない。


「犬か何かの動物でもいれば、見て愛でることもできたのに……雨が降りそうだから、どこかに隠れているのかしらね」


 ちらちらと目線だけで周りを見回しながら、伊能ちゃんが俺にそう言ってくる。数多くの視線にあてられて、想像以上に緊張してしまっているのかもしれない。


「確かに、犬でも猫でもいてくれれば良かったね。けど——」


「けど?」


 俺は伊能ちゃんの方に目を向ける。そんな俺に気づいていない伊能ちゃんは、進む道をまっすぐに見ている。


「けど、俺としては伊能ちゃんを愛でていたいかな」


「んぐなっ!」


 伊能ちゃんが変な声を出しながら、勢いよく俺の方を見た。

 あ、みるみるうちに顔が赤くなってる。


「あー、かわいい」


「普通に口に出してるんじゃないわよ!」


 おっと、いかんいかん。ポロッと漏らしてた。


「いやはや、なんというか、昨日のことで距離感がより縮まったように思ってね。色々と緩くなってるのかも」


「あう……ううぅ」


 伊能ちゃんが、俺のことを見ながら口をパクパクさせている。何か言いたいけど言い出せない、みたいな顔だ。


「もぅ……そういうことを真顔で言うのはやめるのよ……。わたしはお酒に頼らないと言えないんだから……」


「そういうこと……って、具体的にどんなこと?」


 ちょっと意地悪をしてみる。本当は言いたいことをわかっているけれど、ここはかわいい反応を期待してこう言ってみた。


「ぐ、具体的に!? うぁぅ……え、と……にゃうぅぅぅ…………」


 猫みたいな声を出しながら、伊能ちゃんの顔が真っ赤になっていく。


「い、いじわるなエイなんて、きら……しらないっ!」


 嫌いと言えない伊能ちゃん、非常にかわいい。


 伊能ちゃんは俺から顔ごと背け、反対側を向いてしまう。怒っている素振りだろうか。まあ、かわいいことに変わりはないけど。


「ふんっ……——っあ」


 お? 伊能ちゃんが俺の背中に隠れた。


 ああ、周りの人から結構見られてるな。なんならさっきまでよりも多くの人の注目を集めている。

 そりゃあ、こんなにかわいい美少女が照れたり怒ったりしてたら見ちゃうよね。俺も伊能ちゃんがくるくる百面相してたら見ちゃうもん。


「ほら、前見て歩くよ」


「こんなに見られてぇ……むりよぉぉ……」


 腰に抱きつくようにされると、結構歩きにくいんだけどな……。


 ま、このかわいい表情を独り占めできるように袖で隠してあげようか。


 しかし、暖かい心とは裏腹に、空模様はどんよりと曇っている。

 先を急いだほうが良さそうだ。


   *   *   *


「やっと見つけたのだ……!」


「よしチャン、早いよ〜。待って待って〜」


「シメがあーしの化粧を早くしてくれないから、ちょっと遅れてしまったのだ!」


「責任は全部ボクに丸投げ〜? まあ、そんなところも好きなんだけど〜」


「伊能忠敬……こんなところで何やってるのだ。あーしの一番弟子……!」


「——あ、よしチャ〜ン。着物の裾が破れてるよ〜。そこの呉服屋入ろっか〜」


 ……まだ見ぬ出会いは、俺たちのすぐそこに迫っていた。

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