第5話〈再出発〉
「う……ん…………」
顔に当たる光で目が覚めると、見知らぬ天井だった。
「どこだここ……? ってああ、そうか」
一瞬焦ったが、思い出してきた。
昨日から、全国測量の旅をしているんだった。
その関係で、地元から少し離れた宿に泊まっている。そりゃあ、見たことのない天井で当然だ。
そして、それと同時に気づいたことがある。
掛け布団を掛けているが、体の方は裸だ。完全に何も着ていない。
なんか、慣れない感覚だなぁ……。
起き上がるために掛け布団に手をかけようとして、右腕を動かす。
「ん、んぅ……」
もちもちふわふわの何かに触れた。
声もめちゃくちゃ可愛い。
俺は驚き、でも刺激しないように体の動きを止める。
布団の中で少し姿勢を変えるなにか。
左手でそっと布団を剥がすと、俺の横で丸くなって寝ている伊能ちゃんの姿があった。
伊能ちゃんも何も着ていない。
あられもない姿の伊能ちゃんを見て、色々と思い出してきた。
あのあと結局、夜遅くまでイチャイチャしていた。2人でくっついて、少し離れて、また1つになって。
置いてあった紙は、2枚とも余すことなく使い果たした。それと一緒に、俺の精も根も尽き果てた。
そのまま2人で一緒の布団に入り、寝た。
緊張して眠れないかもと考えたりもしたが、流石に疲れていてすぐに眠ってしまった。
陽の光で照らされている伊能ちゃんは、白く輝く宝石のように見える。髪の茶色も、光を反射してまぶしい。
「…………ねよ」
剥がした布団を掛け直して、伊能ちゃんを陽の光から遮る。
布団の中で身じろぎしている伊能ちゃん。たまに体を優しく撫でてきて、ちょっとくすぐったい。
右腕はあまり動かせないから、左腕を動かして伊能ちゃんの腰に手を回す。またちょっと動いたけど、安心してくれたのか俺に体を寄せて動かなくなった。寝息が体に当たる。
これからの新しい幸せの形を噛み締めながら、あたたかい二度寝についた。
「——イ……エイ…………ちょっと、エイ」
んー……どうしたの伊能ちゃん…………
「ひゃっ! そ、そんなに強く抱きしめないで……!」
「ごめん……ごめん…………」
「そう言いながらもっと強くしてるんじゃないわよ……もう……」
あ〜、かわいい。
目が覚めてきた。
先程起きた時よりも日が上っており、体感的には辰の刻といったくらいだ。
目は覚めてきたが、ここはまだ起きていないふりを続けよう。
薄目でチラリと見た伊能ちゃんの顔が、とても幸せそうに笑っているから。
伊能ちゃんは伊能ちゃんで、たびたび俺の顔を上目に見てくる。その度に嬉しそうに笑って、頭を俺の胸板にこすり付ける。
髪がやっぱりくすぐったいが、それ以上に幸せを感じられる。
街中でわかりやすくイチャついている男女をあまり見かけることはないが、こんなにも幸せなのだと知った今なら、彼らがいかに我慢をしていたのかよくわかる。
これは、非常に大変だ。
「んふふ……エイ、まだ寝てるの?」
寝てるよー、とは心の中で言っておく。
「だったら——すき」
急な不意打ちに、心臓が止まりかけた。
「すき、すき、だいすき」
早速、寝ているフリを続けるのが辛くなってきた。
過呼吸になりそう。心臓バクバク鳴ってる。
気合いでそれらが表に出ないようねじ伏せて、至って平静に寝ているような演技をしている。もしかしたら、演者の才能があるかもしれない。
「私のことをいつも考えて動いてくれるところがすき。城のことになると周りが見えなくなっちゃうところもすき。率先して重たい荷物を持とうとしてくれるところもすき。自然とそばにいてくれるのがすき。たまに私のお尻を見たりもしてくるけど他の女の人にそんな目は向けないところがすき。いつも私をからかう時は緊張しないのにいざ本番になると硬くなっちゃうのもすき。それでも取り繕おうとして口数が減っちゃうのもかわいくてすき——」
もうダメ……耳元ですきすき言われて……溶ける…………。
吐息が当たるとかそんな話じゃない。自分の好きなところを理由付きで延々と言われて冷静なままの男なんているわけがない。そんな奴はもはや人間じゃない。
「——人見知りする私の代わりに人と話してくれるのがすき。寝てるのにこんな風に背中に手を回して抱きしめてくれるのがすき。音感が良くてすぐに三味線で弾けるのもカッコ良くてすき」
前に一回しか見せたことのない三味線のことまで覚えててくれてるんだ……!
「そして何より————こんな私のことを好きでいてくれて、ありがとう」
すんごい嬉しい。すんごい嬉しいけど……一つ言いたいことがある。
「伊能ちゃんなんか、じゃない!」
「ふえぁっ⁉︎」
最後の言葉に思わず目を見開いて、伊能ちゃんの肩をしっかりと抱く。
驚いている伊能ちゃんと目を合わせて、言い聞かせるようにして言う。
「伊能ちゃんは俺のことをきちんと見ていてくれるのが好きだし、測量のことになると目の色が変わるのも好き。即決即行動だから俺を引っ張っていってくれるのも好きだし、小ぶりなお尻がふりふり揺れるのも好き。綺麗に手入れされている髪も好きだし、吸い込まれるほど黒い瞳も好き。いつもからかった時は緊張してるのにいざ本番となるとそんなことを感じさせないのも好きだし、俺の前でだけ見せてくれる笑顔も好き——」
「も、もうやめてぇ……とけちゃう…………」
伊能ちゃんが、俺の腕の中で顔を真っ赤にしている。うむ、やっぱりかわいい。
「——いろんなものに興味があるから街を歩いていてもずっと見回しているのも好きだし、寝てると勘違いしてこっそり愛を伝えてくれるのも好き。実は体が柔らかくて舞妓さんみたいなことができるのも好きだし、」
「い、一回だけしか見せたことないのに覚えててくれたんだ……! うれしい……!」
伊能ちゃんの口から、思わずという感じに声が漏れた。
顔を真っ赤にしながらも、俺の顔をじっと見てくる。
「そして何より————こんな俺のことを好きでいてくれて、ありがとう」
「エ、エイなんかじゃ、ないわよ!」
伊能ちゃんが顔を赤くしながら、俺の言ったことを否定してくる。
それと同時に、肩を掴んでいた俺の腕を握り返す。
「って、これじゃあずっと同じ話を繰り返すことになっちゃうね」
気づいた俺が言う。
伊能ちゃんも「あっ……」と言って、恥ずかしそうに顔を伏せた。
そして何かに気づいたのか、勢いよく顔を俺の方に向けてきた。
「エイ……もしかしてさっきの話聞いてたの……? ど、どこから……?」
「どこから……『ちょっと、エイ』のあたりからかな?」
「一番最初からじゃないの! 起きてるならそう言いなさいよ!」
伊能ちゃんが、握る手に力を込める。
「痛い、痛いってば」
全く痛くないしむしろ嬉しいくらいだけど、お約束として言っておく。伊能ちゃんもそれがわかっているから、恥ずかしがりながらも嬉しそうに俺の腕をにぎにぎしている。
俺の左腕は伊能ちゃんに捕まっている。
だから、伊能ちゃんにすぐ触れられる右腕を動かしてみることにした。
「ふにゃ⁉︎ お、おなかに手が……!」
すべすべなお腹に手を這わせる。全く突っかかることのない、すべすべな肌。おへその窪みだけがアクセントとしてあるから、その周りを重点的に触ってしまう。
おへそを傷つけないように、人差し指でゆっくりと外周をなぞる。伊能ちゃんの肩がビクッと跳ねた。
「ちょ、エイ」
止めようと口では言ってくるけど、やめさせようとはしてこない。そのかわりに腕を握る手の力がさらに強くなった。
へその中に落ちるか落ちないかのところを、指の腹でくるくると動く。伊能ちゃんはくすぐったそうに身をよじり、口から息が漏れ出る。
しばらくそれを続けた後、へそを塞ぐように指を動かして撫で擦る。
「んんっ……!」
驚いたのか、少し大きな声が出る。身を縮めるみたいに体を動かしているけど、それについていく。そう簡単には逃さない。
触るのを人差し指から親指に変えると、残り4本の指が脇腹の下に入り込む。軽く握り込むようにして、伊能ちゃんの腰を掴む。
離れていこうとする腰を留めて、伊能ちゃんの動きを止めさせる。こうしたら、もうへそから逃げられない。
「エイ、やめ……だめ……!」
悩ましげな声の伊能ちゃん。そんな声を出されたら、男としては我慢できるわけもない。
へそを浅くえぐるように、指の腹を強めに押し付ける。
布団の中で起こっていることだから、俺も伊能ちゃんも直接見ていない。だからこそ、どんな状況になっているのかわからなくて興奮してくる。
頭を俺の胸に押し付けて耐える伊能ちゃん。肩を掴んでいた俺の腕は、伊能ちゃんの後頭部に回してある。
右手は激しくへそをいじり、左手は優しく頭を撫でる。恥ずかしそうで幸せそうな伊能ちゃん。頭から腰が動かせないから、足がしきりに動いている。
「ねえ、もうちょっと強くしてもいい?」
「え……っ、うぁぅ」
ちょっと困惑している伊能ちゃん。
一瞬だけ逡巡したみたいだけど、小さくうなずいてくれた。
それを見た俺は、へそに当てる指を親指から中指に変えた。手のひらを伊能ちゃんの頭の方へ向けて……逆手とでも言い表したら良いだろうか?
少し汗ばんでいる伊能ちゃんの肌は、滑るように俺の中指をへその中に導いてくる。
しかし汗までは伊能ちゃんの想定外だったようで、腰を引いて俺から遠ざかろうとする。その動きに合わせるように、俺の手を押し付ける。
「そ、そんな奥まで……!」
昨日の夜に知ったけど、伊能ちゃんはこうやって焦らされた後に触られるのが好きみたいだ。じわじわと距離を詰めていくと心を開いてくれるのは、最初に出会った頃と同じ。あれから結構経ったけど、伊能ちゃんは全然変わらない。
「——あはは」
「んっ……エイ、どうして笑ってるの……?」
「なんか、色々変わったけど変わらないものは変わらないんだな、って思って」
あまり納得はできていない様子の伊能ちゃん。
はっきり伝える話でもないから、かわりに俺はこじ開けるようにしてへその奥まで中指を差し込んだ。
「そんなところ擦ったら……ダメぇ…………」
伊能ちゃんの声もふにゃりとしてきた。
指の腹で壁をそっと引っ掻く。1回、2回と引っ掻けば、その度に伊能ちゃんの体が跳ねる。そんな反応がかわいくて、3度、4度と繰り返してしまう。
「エイ……エイぃ……」
切ない声を、喉の奥から絞り出すようにして言う伊能ちゃん。
そろそろ、俺の方も限界が近づいてきていた。
「伊能ちゃん——」
——コンコン
言葉を続けようとした時、部屋の外から何かを叩く音が聞こえてきた。
一瞬にして、伊能ちゃんの全身が緊張する。俺も、内心激しく動揺している。
静まり返った部屋に、外からの言葉が投げかけられる。その声は、昨日この部屋まで案内してくれた店員のものだった。
「お楽しみのところ申し訳ありませんが、あと半刻ほどで巳の刻となります。退出の準備をしていただくように、お願いします。延長した時間は、その分容赦なく料金をいただきますので……」
店員は脅すように言うだけ言って「では、失礼致します」と言ってその場からいなくなった。
急な来訪者に、俺も伊能ちゃんもしばらく動くことができなかった。
けど、目を見合わせていたらどちらからともなく笑い出してしまった。
「あははっ、せっかくの雰囲気が台無しになっちゃったね」
「ふふふっ、確かにそうね。でも時間なんじゃ仕方ないわ」
しばらく裸で汗をかき続けていたから、体がかなり冷えていた。伊能ちゃんを抱きしめて暖を取りたいところだけど、そんなことをしていたら本当に時間がなくなってしまう。
そんな気持ちをグッと堪えて、夜も使い倒した布で体を拭く。
伊能ちゃんは丁寧に全身を拭いている。汗の匂いが気になったりするんだろう。
俺の方が先に着替え終わるだろうし、部屋の片付けまでやってしまおうか。
そんな訳で、さっさと着替えまで済ませた俺は部屋から出ていく準備を整える。女の子の身だしなみに時間がかかるのは仕方がないだろうし、それを待っていたら2人とも怒られてしまう。
「あれ、これは……?」
荷物をまとめている時に見つけたのは、伊能ちゃんが井戸へ行く時に持っていった細長いモノだった。それが部屋の隅に転がっている。
「伊能ちゃん? なにこれ」
俺に背中を向けて体の匂いを確認していた伊能ちゃんに、そのまま聞いてみる。見られたくない物だったらお互いに嫌だし。
「え? ……ああ、それね。開けてみてもいいわよ」
あっさり許可が出た。それならば、と巾着袋を開けてみる。
中に入っていたのは、徳利だった。木で蓋がされていて、簡単にこぼれそうにはない。持った感じからすると、中身は半分くらい残っていそうだ。
封を開けると、中から酒精の香りが漂ってきた。
「これは、お酒? 伊能ちゃん、お酒飲めたっけ」
実は今まで、伊能ちゃんがお酒を飲んでいる姿を見たことがなかった。だらしない姿を見せちゃうからと、人前で飲もうとしなかったのだ。
「飲むと、その……夜みたいになっちゃうのよ。積極的になるというか、隠してることも言えるようになるというか……」
ああ、伊能ちゃんがやけに積極的だったのは、お酒が入っていたからだったんだ。
「私だけじゃ絶対にうまくいかないだろうなって思ったから、お酒の力を借りることにしたの。その結果、あんな醜態を晒すことになったんだけど…………」
「醜態だなんて、とんでもないよ」
いつもと違う一面が見られて、俺としては大満足だ。
「でもそっか〜、俺の前でお酒を解禁してくれたんだ。それじゃあこれで、2人で晩酌もできるね」
「う、うん。そうなる、ね」
「昨日みたいにぐいぐい来る伊能ちゃんも、あれはあれでかわいかったからな〜、また見たいな〜」
「それは……! ぜ、善処するから……」
初めて一緒に旅をしたり、初めて夜を共にしたり、昨日1日だけでいろんなことが新しくなった。
それでもやっぱり変わらないことがある。
やっぱり、伊能ちゃんが1番かわいい。
「荷物まとまった? それじゃあ出ようか」
旅が始まって2日目。巳の刻直前になってやっと旅が再開した。
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