第0−2話〈到着した先は謁見の間〉

 呆気なく捕まってしまった俺と伊能ちゃん。


 一体、どんな罪に問われるのか……?


「ふぅー、ふぅー……」


 できる限り暴れて抵抗した伊能ちゃんだったが、体力が限界になったところを捕らえられてしまった。


 流石に訓練された捕縛専門の人は強く、俺もあっさり動けなくなった。


「抵抗するから、こんな手荒な対応になったんだぞ……まったく」


「強引に腕を掴んで女の子を連行しようとしていた人に、そんなことを言われたくはないんだけどな」


「だから言ったろ、俺は指定の場所へ連れて行くのがが仕事なんだよ。上が上だけに拒否権もないし」


 無理やり立たされて連れて行かれる先は、シン・江戸城の方角。


 何事かと見に来た人で、俺たちの周りはあっという間に囲まれてしまった。


「はい、通して通して」


 手慣れた対応で、人の波をかき分けていく役人。野次馬達の好奇の視線をくぐり抜け、やってきたのはシン・江戸城の前だった。


「コイツらが例のヤツです。あと、お願いします」


「おう」


 門番として立っていた兵士に俺たちを引き渡す。


「ねえ、伊能ちゃん。もしかして、本当に何か悪いことでもした?」


「おい、私語は……って、別に良いのか」


 俺たちを引き取った兵士は、対して警戒していない様子で城内に歩かせてくる。流石に入ったのはシン・江戸城ではないが、それでもとんでもなく大きい城だった。


 さっきはああ言ったけど、いざ獄が近づいてくると緊張してきてしまうな。


「ふぅーっ、ふぅーっ」


 自分よりも緊張している伊能ちゃんを見ていると、なんだか気が紛れてくるけど。


 こうして、微妙に緊張感が薄い中で俺たちはどんどん奥へと運ばれていく。城の内部に留置所を設置しておくことで、逆に完璧な守りにする設計なのかもしれない。


 角を曲がり、階段を上がり、近代化が進んだ結果硬くて妙につるつるする床を歩いて行った先。


「ここだ。中で座って待っていろ」


 捕縛されていたのを全部外され、やけに豪華な部屋に放り込まれた。


「大人しく待っているんだぞ。老中、松平信明がお呼びだからな」


 そう言って部屋の隅で待機する、さっきのよりも強そうな兵士。


「って、老中!? どうしてそんな江戸の中核を担う役職の人が、俺たちを……?」


「ん? 何も聞いていないのか。まあ、その辺りの説明もされるだろ。今は座って待っていろ」


 老中といえば、この世の実権をほぼ全て握っている、超偉い人だ。正直、それ以上の認識は無いくらいには一般人と接点がない。


 そもそも顔すら知らないから、来たところで本物なのか判断ができないんだけど。


「ね、ねえ伊能ちゃん。本当に何をしたの……? 今更手のひらを返すつもりはないけど、もしかしてとんでもないことに巻き込まれたんじゃ……」


「し、しし、知らないわよ。本当、本当に……うん……」


 挙動不審……いや、ただ緊張してるだけみたいだな。かく言う俺も内心は緊張しっぱなしだ。


 ただの罪人に老中ともあろう人が会うはずないし……そもそも、今日捕まっていきなり顔を合わせるって、事前に何かの準備が無いとできないはずだ。


 この話……一体、どういうことなんだ?


「待たせてしまって済まないね」


 硬い印象を受ける、老けた声が聞こえた。


 正面の襖を開けて出てきたのは、書店のおばちゃんと近い歳であろうおじさんだった。見た目的には50歳を過ぎた頃だろうか?


「私が老中首座、松平信明だ。……さて、今回ここへ呼び立てた理由は聞いているだろうか?」


 老中首座……って、老中で1番偉い立場の人だ!


 伊能ちゃんは完全に固まってしまっている。次々起こることに対して頭がついてきていないようだ。


「伊能ちゃん、伊能ちゃん。ここに連れてこられた理由って、聞いてる?」


「…………え? ああ……」


 ダメだ、頭が働いていない。


「聞かされていないのか……説明責任はあったはずなのだがな。ではそこから説明しようか」


 そう言って懐をまさぐった松平さん。取り出したのは、一枚の紙だった。


 紙には、立方体の上に半球を重ねたような不思議な物体が描かれていた。


「これは最近開発された、周辺の状況を自動で測量してくれる機械だ。見覚えがるのではないかね?」


 ……さっぱり無い、って言ったら怒られるかな。


「元々はこれを幕府が買い上げ、我々が主導で使う計画だったのだ。しかしな……」


 しかし……?


「法外なほど高い! そしてまともに測量ができる人材を確保できない!」


 気が昂ったのか、突如叫び声を上げる松平さん。疲れてるんだろうな……。


「……まあ、前者に関してはウチの将軍が『アレ』なせいだからなんとも言えないんだが。後者に関しては本当にどうしようもない。暦学者は優秀なのがいるものの、すぐに動ける測量士となると幕府の人材にいない」


 声を落ち着かせた松平さん。話に引き込まれるのは、こうやって熱量を上げ下げすることで注意を引いているからだろう。そう考えると話が上手いな。


「であれば、外から測量士を雇おうと、そうなったのだ」


 満足げにうなずく松平さん。ひょっとして自意識過剰なところある人?


「そうして、江戸の町に唯一ある測量道具を専門に扱う店で販売したのだ。高額でも買ってしまうような人間であれば測量士としての向上心があると見込めるし、何より幕府の財政を傾けないで済む!」


 元気なおじいちゃんだし、現金なおじいちゃんだな。


 ……ああ、ということは伊能ちゃん、その測量機械を買おうとして連れてこられたのか。


「そんな訳で、だ! 2人には全国の測量を頼みたい!」


 これが本題か。全国測量。


「——って、全国測量!?」


「いやはや、1人だったら頼みづらかったから2人で来てくれて助かったぞ。なんせ、基本は徒歩で全国を回ることになるだろうからな」


 ははは、と笑う松平さん。


 それより、全国測量って言ったら伊能ちゃんの夢じゃないか!


 伊能ちゃんの方を見ると、驚いて思わず口元を手で覆っていた。


 ……ん? 伊能ちゃんを連れて行くときに役人が言ってた「そんな小さな体一つでどうやって達成するんだ」って、「だから機械を買ったんだろ」って意味だったのか……ちゃんと言わないとわからないぞ。


「……ふむ、まあ悩む気持ちもわかる。今日は解散して、7日後までに決まったら伝えてもらおう。なに、お前達がダメでも別の者を探すだけだから、気に病む必要はないぞ」


「あっ、え……その」


 伊能ちゃんが何かを伝えようとしたが、耳に入っていないのか松平さんは立ち上がってさっさと行ってしまった。


「城の外まで案内する。ついてこい。勝手に歩き回ると、処罰の対象になりかねないから気をつけろよ」


 呆然としている伊能ちゃんに追い討ちをかけるように、襖付近に立っていた兵士が言う。


 不安が8割といった表情の伊能ちゃんは、言われるがままに立ち上がっていた。

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