第4話

明日にデートを控えた今日。俺はメガネ屋へと足を運んでいた。

目的はメガネではなくコンタクトレンズだ。


もちろんこれも冬味からの指示だ。

あれだけ昨日俺を褒めておいて、今朝になってリビングで会うなり。


『パッと見はなんかいい感じだけど、やっぱメガネはクソダサいからコンタクトに変えて』


これである。

あいつはおそらく俺を友達かなにかと勘違いしているのだろう。

お兄ちゃんと呼んでいるだけで、心の中ではおい、ナツキ!とか言ってそう。


まぁともあれ、目的であるコンタクトレンズを入手するには、まずは診察が必要とのこと。案内されたメガネ屋に隣接している診察室で順番を待つ。GWということもあり、それなりに混雑しているメガネ屋と診察。かれこれ30分ほど待っていると、ようやく順番が回って来た。


「つ、つきみさと?さーん。診察室にお入りください」


月見里やまなしです。

と言いたいが、これも月見里家あるあるのため、特にきにせず中に入ると、おじちいちゃん先生が座っている。


「……よろしくおねがいします」


________________________


「……うん、問題ないね。診療代はコンタクトレンズ購入するときと一緒だから」

「あ、わかりました。ありがとうございました」

「では、こちらにどうぞ」」


15分程で終わった診察。特に問題なかったのでコンタクトレンズを装着できるとのことだ。これで問題ありだったら、コンタクトしなくとも良かったのに。と少し残念な気持ちで診察室をあとにすると、待合室で見覚えのある顔が一人座っている。


相手はなにやら雑誌を見ており、気づいてなさそうだったのでソッと通り過ぎようとするが。


「田中さーん。診察室にお入りください」


スタッフの女性が次の人を呼ぶと、思わず顔をあげる。


「……夏己?」


彼女は驚いた顔でこちらを見る。


相手はつい先日まで彼女だった桜町碧だった。


幼なじみということは彼女もこの辺に住んでおり、もちろん家も知っている。

今までもスーパー等でたまたま会うこともあったが、流石に今は気まずい。

彼女も同じ気持ちだったのか、バツの悪そうな顔で声をかけてくる。


「……げ、元気?」

「お、おう……。まぁそれなりに」


カップル時代では考えられないたどたどしい会話。


「どうしたの? その髪型」

「ん、……あ、ああ。ちょっと気分転換にな。昨日切ってきたんだ」

「……き、気分転換ね。……似合ってるよ」

「お、おう、ありがとな。……い、いやぁーでも初めて美容室に行ったけど、いい匂いすんだな」


き、気まずすぎる。


「そういえば夏己いつも同じ床屋だったもんね。久しぶりに見たよ、夏己の目」

「冬美にも同じ事言われたよ」

「ふふっ。でもびっくりした。一瞬デートにでも行くのかと思った」

「……」


……す、鋭い。

当たったことに思わず一瞬の沈黙を作ってしまう。

すると、突如顔色を変えて立ち上がる彼女。


「えっ。まさかホントにデートなの?」

「い、いや、違う違う。ホントに気分転換だよ」

「……」


完全に疑っている目の彼女。

このままだとバレてしまうので、適当に切り上げて去るしかない。


「じゃあ俺次メガネ屋でコンタクト買ってくるから、ここいらで失礼させていただきます……」


ではではと彼女の横を通り過ぎようとする。


「待って」


が、腕を掴まれてしまう。


「ホントにデートじゃないの? ……私の目を見て言える?」


両腕をしっかり抑え、俺の顔を覗き込んでくる。

相変わらず整った顔立ちに透き通った肌。

やはり彼女は可愛い。


だからといって明日デートですとはなんか言いづらい。

ここはしっかりと言おうと、彼女の目を見る。


「ホントだってデートじゃない」

「……嘘ね」

「え?」

「夏己が嘘つく時、いつも私の目を見るふりして鼻をみてるの。知ってるよ?」

「ッ……」


こ、怖すぎる。

探偵にでもなれそうな洞察力を発揮し見事嘘であることがバレてしまう。


思わず何も言えずにいると、彼女の抑えつける力が強くなる。


「なんで嘘つくのよ!? デートなんでしょ!? 誰と、どこに行くのよ!?」


すると今度は突然切れだし、俺の体を揺さぶり強く問いただす彼女。


しかし、さすがの俺もそろそろ我慢の限界だ。

理由も言わずにフッておきながら、誰かと遊ぶと知ったらこれである。

一体何がしたいのか。


「なんか答えてよ! ねぇ! 誰と行くのよ!」

「……はなせよっ!!」

「なっ……」

「いいからはなせよ」


思わず声を荒らげてしまう。

付き合ってた時は一度もなかった事だ。

そんな俺に彼女も驚いたのか、大人しく腕を離す。


「もうお前には関係ないだろ……」

「ご、ごめん。……そう、だよね。ほんとごめん」

「……」

「ごめん……なさい」

「……じゃ、俺もう行くから」


去る間際、彼女の目から涙が見えた。


しかし、俺にはもうどうすることもできない。

そのまま、診察室をあとにするのだった。

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