第9話 我思う故に我あり
石畳を歩きながら、レンガ造りの街並を眺める。
街外れにある我が家から商店の建ち並ぶ市内までは徒歩で3時間はかかるため、もっぱら利用するのは近隣の商店街だ。
日用品の買い出しを終え、六道は街を振り返る。
その目に映るのは、大壁。
数ヶ月を経て、分かった事が幾つかある。
まず、基本的にこの辺りの家屋群は10メートル余り在る壁に囲われているのだが、己のようにそれ以外の場に住居を構える者も多少は存在している。
そうした少数派はお決まりのように白眼視されるわけだが、その理由が問題であった。
大多数の人々は大壁に囲われた中という、極めて限られた面積の中で生活しているのだが、これは過去に起こった大戦と政策の影響であった。
大戦とは、300年程前に発生した能力者をメインに据えた領土争奪戦を指す。
当時の大国に対して決起した能力者によって引き起こされたそれは、次第に周囲に飛び火し、最終的には世界に波及したという。
その当時、能力者と非能力者の比率は1対1000と言われており、千分の一の超人の決起によって世界は荒れた。
その頃に生まれたのが、この隔離集落。
『何者にも犯されず何者も犯さず。』
この精神を説いた銀蘭教という宗教団体を中心に据えた集落であるが、当時の世界には広く波及したという。
波及した理由は幾つかある。
人道的な理由も勿論ある。だが、それよりも。
『銀蘭教に入れば能力者が産まれる』
これが決定的であった。
この噂が広まるにつれ、隔離集落を国策とする国も増え始め、そして、これが理由かは分からないが、凡そ200年前の段階で、世界の能力者と非能力者の比率は1対0になったという。
因果関係は解明されていないが、事実は存在している。
そして、その事実は銀蘭教を世界宗教にする理由には十分だった。
此処、カッセンロストにおいても例外ではなく、国教は銀蘭教である。
この実に生活に不便な大壁は、大戦の名残であり、銀蘭教徒の証拠でもあるのだ。
そして、大壁の外に住まう者は、銀蘭教徒ではない、ないし、熱心な教徒ではない、戒律を破り追放された者と見做されるらしい。
流石にそれだけで激烈な差別を受けるわけではないが、無意識下にまですり込まれた価値観は、無意識での差別を生んでいる。
最も顕著なモノは、結婚だろう。
銀蘭教徒でなければ、周囲に祝福された結婚というのは不可能だ。
なぜなら、無能力者が産まれる『可能性』があるから。
「まあ・・・分からんでも無い理屈だな」
独りごちながら我が家に向かう。
我が家といっても、六道の持ち物ではなく、この体、ネイブが用意していたセーフハウスの一つなのだが。
あの夜、屋敷で見つけた書類を頼りに訪れたセーフハウスには、当座の資金に加え、この世界をある程度把握出来るだけの情報も、書籍の形で集積されていた。
日用品に関しても備蓄はあるし、食料の類いも時折訪れる圓-否、マリーが運んできている。
それどころか、鋼のような鉱石で造られた義手まで用意してあった。
どう言う仕組みかわからないが、義手は傷跡に当てるだけで装着され、見た目も人のそれと変わらない色合い・質感に変化している。
それでいて硬度は鋼などと同様らしい。
つまり、生活に不便はない。
だが、外に出る必要は無いのだが、それでも、周囲を知る必要を六道は感じていた。
その結果が、無意識下の差別の発見であるのだが-。
「この程度がどうしたというのだ」
再度、そう独りごちながら書類の散乱した部屋で、椅子に腰掛け、六道は視線をさまよわせる。
どうにも、納得がいかない。
このセーフハウスにしろ、備蓄にしろ、資料にしろ。
この状況の為に拵えたものにしか思えない。
思えないのだが、目的が分からない。
入れ替わった後の、言うなれば抜け殻に気を遣う意味が分からない。
「助かってはいるんだが・・・掌の上のようで気分が悪いな」
気分が悪いと言えば、多少ではあるが、ネイブの記憶が表層に出てきているような気がしている。
その呼び水が、ここに在った資料を読みあさった事なのだと思うのだが、そもそもこの世界の言語を理解出来る事自体が、ネイブという男の知識を継承している証拠なのかもしれない。
それでいて六道としての価値観や知識もある。
己が己で無いような・・・と思えでもすれば良いのかも知れないが、己が己である確信が超感覚能力者であるが故にあってしまう。
己で己は見えないが、己が己である確信はある。
それでいて、己で無い異物の存在も認識している。
全く、我ながら難儀なものだ、と失笑を零していると、此方に向かっている存在に気がついた。
まだ距離があるが、無意識に探査領域を広げていたらしい。
ある意味、能力の暴走のようなものだが、これは-。
いかんいかん、と横道に逸れていた思考を正し、此方に向かってくる存在の正体を探る。
いや、探るまでも無い、
ここに来る者は限られているのだから。
El dear-エルディア- ネイさん @Neisan-naisan
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