第8話 王の器 将の器
気がつけば日暮れ。
バルコニーで黄昏の光を浴びながら、屋敷の向こうに広がる市街地に眼を向ける。
文明規模がよく分からないが、この国の首都なのだそうだ。
さて、あらゆるモノを見透す眼の一番の弱点とは何か。
それは、自らの知識のアーカイブに無いものは『理解』出来ない事だ。
『理解』出来ないモノというものは、人にストレスを与える。
それ故、拒絶か『認識をしない』という選択肢が浮かんでしまう。
そんな内的な機能が働いてしまえば、あらゆるモノが見えようとも、好きなモノしか見えていない事と変わりなくなってしまうのだ。
だからこそ、『理解』を外に置き、情報の本流を人ごとのように見る癖が出来てしまった。そんな、限定的な認識の中でも特に気に掛かる事が一つある。
能力者の反応が多すぎるのだ。
大小はあれど、恐らくは感知できる範囲内の全てが能力者。
感じたことが無い程の小さな能力値が大半だが、紛れもなく、全ての者になんらかの能力がある。
そんな小さな反応の他に、街中には大きなものもチラホラ。
大人と子供ほどの差だが、比較出来るだけ良い。
屋敷の周囲に点在する四つの反応と比べるのなら、象と蟻だ。
察するに、この能力値の差こそが、この世界における価値基準なのだろう。
さて、問題は-。
「マリー、この屋敷の警備はどうなっている?」
「先陣に向かわれる際にお連れになられた近衛達は全滅したと聞き及んでおります・・・私が率いた別働隊も・・・恐らくは・・・」
「なるほど・・・な」
室内に戻り、室内で窓を背にした場所に設置してある机に向かった。
別に好んで向かったわけではない。
マリーに促されるまま動いた結果だ。
おそらくこれはグランドルの作業机なのだろう。
随分と豪奢な作りの机に両肘をつき、正面に控えるマリーに視線を向けた。
「今現在、当家に味方するのは、マリー、君以外にいるのかい?」
「民意は若様にあるかと」
頑とした口調で断言するマリーを見て、六道は失笑をこぼした。
「はてさて、どうしたものかな」
彼女の言を信じたとして、民と兵では能力差がある。
更には、力のない将に民は結局ついて来ないだろう。
この家は、詰んでいると言っていい。
だが、目の前の女にはそんな素振りは無い。
余程の役者か、隠し球があるのか-。
いつの間にか、黄昏が夜の帳を纏っていた。
周囲の高位能力者らしい連中に大きな動きはないが、あれが敵ならばかなり厄介だ。補助具も無い上、元々が先頭向きの能力でもないのだ。
逃げるにしても、土地勘も無く-。
どうしたものかと考えあぐねていると、ふと眼に淡い光が飛び込み、思考が中断させられた。
室内に流れ込み、溢れる闇を弾く光。
小さな光の球が浮かんでいた。
光球は音もなく数を増し、女の、マリーの周囲を漂う。
「・・・久しぶりね」
女は、そう言うと、実に厭そうに自らの姿を一瞥した。
「相変わらず、この女の行動理念は理解出来ないわ」
心底嫌そうにそう言うと、女はこちらにきつい視線を寄越した。
「お前は・・・」
名乗るのは初めてかしらね、と前置きを垂れながら、女は手近の応接用に拵えられたソファーに腰を下ろした。
「柳圓よ。いえ、柳圓だった存在というべきかしら。貴方は六道総司でいいのかしら?」
柳圓。
そう名乗った女は紛れもなく、あのタンカーで消えた女だと判断できた。
そう判断できた途端、六道は大きな混乱に見舞われた。
「そうだ。少なくともこの体の記憶なりは俺には無い」
そう名乗った途端に判断出来た、というのは、裏を返せば、それまでは判断出来ていなかったという事だ。
モノを認識する時、視覚から得た情報を脳のライブラリーと照合し、断定する。
特殊な眼を持つ六道の場合は、更に細かいデータを照会し、断定を行う。
姿形は言うに及ばず、能力の有無、能力値の高低。
体のうちを巡る生命力の質など、無意識に収集している情報を含めれば限りない量を集めている。
それらのデータを照合し、完全一致なり複数個該当すれば、本人と判断を下し、常識の範囲外に変数があれば、何かしらの変化があるか、極めて似た人物と判断を下す。
今回の場合、初見の際には、良く似た顔の女としか思えず、今は柳圓本人の認識している。
つまり−。
「うらやましい限りね」
この女は、たった今、急に柳圓という、言わば属性を発揮し出した。
或いは、完全にこちらの能力の感知外にいたと言うことになる。
「私たちに起こったのは世界渡りと呼ばれるものだそうよ。並列した世界の、同位存在と入れ替わるといったもの」
「・・・なに?」
物思いに耽っていた頭が、急激に女の言葉に向いた。
「同じ存在は同じ世界・同じ時間に同時存在出来ない。だから、世界を渡る者達は一計を案じ、中身だけを入れ替える方法を作った」
「中身だけを・・・だが、圓だったか、君は消えていた」
「ええ、だから私はこの有様なのよ」
シニカルに嗤い、女は座ったまま両腕を広げた。
この、有様。
その意味を六道は測りかねる。
「アンタは眼が良いんでしょう?それならわかるはず。一つの体に二人が混在する、この忌々しい様が」
言われてみれば、確かに。
二人の反応があると言われればそのようにも見える。
だが、これは。
多くのものを見ているからこそ感じる違和感。
多くのものを感じるからこその不快感。
知らず、六道は顔を顰めていた。
能力値の二乗、というレベルではない。
何故、能力が暴走せずに身の内に留まっているのか理解出来ない。
メルトダウンの段階は疾うの昔に過ぎている筈の原子炉のような有様だ。
「忌々しい・・・というより、禍々しいな・・・」
その言葉を聞き、何故か女は満足げに頷いた。
「この力を持って、グランドルは戦況を一変させようとし、そしてそれ自体は成功した。でも、私は戻れなかった」
頭を押さえる圓を見て、六道は口を開く。
「・・・成功すれば、戻れると言われていたのか?」
「そうでもなかったら、協力なんてしないわ」
果たしてそれだけだろうか。
身に過ぎた能力は身を滅ぼす。
超感覚能力者であるなら、秒で廃人レベルの能力値なのだ、過ぎた力を身に宿しているのなら、それを抑えるだけでも相当な苦痛だと想像がついてしまう。
自嘲する女-圓の言葉を咀嚼しつつ、六道は問う。
「結果として、グランドルが消えた、と」
圓は頷いたが、その存在感に揺らぎが生じ始めた。
「見ての通り、私は不安定よ。いつまた出てこれるかも分からない」
目の前に居るはずだが、どうにも認識し続けるのが難しい。
「私は貴方に力を貸すわ。だから、貴方は私に力を貸しなさい」
「時間が無いわ・・・」
「グランドルは用心深い男だったわ。そして、誰も信用しない男でもあった」
もはやこちらも見ずに-いや、見ているのかも知れないが、彼女の視線を感じることが出来ない。
そんな六道の困惑を意にも介さず、次々に言葉を投げると、圓は立ち上がり、側に歩み寄ってきた。
そして、流れるように机の下部にある収納を開く。
そこには幾つかの物品の入っているらしい袋と書類の束、そして仰々しい飾りの施された鍵があった。
「緊急用の物品と、隠れ家の所在よ。とりあえずは此処を目指しなさい。最後に一つ・・・」
ガクン、と圓の頭が意識を失ったかのように落ちた。
思わず支えようと手を伸ばしたが、すぐに再起動したように女は背を伸ばす。
そして、
「若様、どうされました?」
見慣れぬ女の顔が、こちらを見ていた。
「・・・なんと言うことはない。少しばかり知人の事を思い出していてね」
必死に平静を装いつつ、圓の言葉を反芻する
『最後に一つ。マリーには気をつけなさい』
要領を得ない助言に頭を痛めつつ、六道は闇の満ちる部屋で深くため息を溢した。
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