第7話 ネイブ・フォン・グランドル


此処はカッセンロスト公国というらしい。


大陸の中央に位置する連邦の一つ。

元は大貴族が統治した小国だったが、今は四大貴族が合議制で統治する国だとか。グランドル家は四大貴族の一角であり、開国以来の家柄であるという。


名家中の名家だ。


今回あった騒乱の舞台は北部の国境辺りであり、相手は周辺諸国からなる連合軍。

連邦対連合の図式であり、連邦の先方としてカッセンロストは参陣した。


しかしながら、これは大戦ではなく、大戦の序曲のようなものらしい。


火種は常にあったが、ついにそれが燃え上がった・・・というより、カッセンロストを連邦から離反させ、連合の一角にしようとする工作の一環というのが妥当な見解になるだろう。

連邦政府もそう見ており、それ故に敗戦の報を聞くや否や、八百長を疑って政府への出頭を申しつけてきた、と。


「カッセンロストは連邦から乗り換えるつもりなのか?」

「四大貴族のうち、三家は親連邦の立ち位置を変えていませんが、当家は反連邦と見なされています」

「そんな家を先陣に?」

「はい。疑いを晴らす為の踏み絵かと」


ふうん、と頷き、六道は黒板に貼り付けられた地図に眼をやり、続いてテーブルに置かれた立体戦略地図に眼をやった。


「後詰めは他の家が?それとも連邦の軍でも来ていたのか?」

「後詰めは他家が受け持っていましたが、若様率いる近衛兵団の奮戦と、奇襲を受け持った私達、別働隊により敵軍は壊走したと聞き及んでおります。追撃は行われておりません」

「つまりは、殆ど単独で撃退したわけか。他家は動く気がなかった、と」


開戦時の戦力差は1対5。

更にグランドル家だけでとなると、1対10にもなる戦力差だ。


-確かに、八百長と言われれば、そうとも取れる。

だが、結果として、反連邦らしいグランドル家の当主が此処までの手傷を負っているのなら、グランドル家の私兵なりは壊滅状態だろう。

利だけを考えるなら連邦側の一人勝ちだ。


グランドル家の力を削ぐためと考えればわからないでもないが、連邦から見れば連合に対する盾である公国自体の軍事力低下は看過出来まい。


そこまでする価値がこのネイブ・フォン・グランドルにあったのか、全くの偶然なのか。


思案に耽りつつ、六道は窓に歩み寄った。


病院を抜け出し、一日あまり移動して訪れた自宅らしい住居は、豪邸というに相応しい出で立ちだった。


年季は入っているが、豪奢な造り。

庭の広さも圧巻。

美しい庭園をみて、感動よりも無駄に広いと思ってしまったのは自らの貧乏性からだろう。


庭でそれなのだ。

館の規模は言うに及ばず。

そんな豪邸が自宅と言われても、現実感が無い。

超感覚能力者をして疑わせるのだから大したものだ。

しかし、それとアンバランスなほどに、人員が少ない。

このレベルの豪邸であるのに、数名の使用人しかいないようだ。

この辺りの事情は、例の争いに近衛兵を筆頭とした私兵を総動員したためと推測される。


余程の覚悟で挑んだのだろう。


ある意味で自宅である豪邸よりもインパクトが大きかったのは、移動の際に見た街並。

近代的なモノが乏しく、それでいて前時代的ではない、なんとも妙に見える街並だった。


見慣れた自動車はないが、それに近いモノは走っている。

電柱や電線は無いが、電気仕掛けらしい灯りや、機械はある。


いちいちあれは何だ、と聞いていられないので尋ねなかったが。


そして、現在の状況だ。

黒板に次々に関係図や簡略図が書かれるたびに、段々と気まで重くなってきている。


こちらの希望で、館に着いて息つく間も無く、お勉強の時間となり、今に至る。


まさかここまで人材が払底しているとは思いもしなかったが、教鞭はマリーが取っている。

流石は近習。

中々堂に行った立ち振る舞いであり、解説であった。


…一点を除いてだが。

まあそれはいい。

それよりも-。


「成程、そうなると、政府への出頭は危険だな。家の存続を考えれば別だが」


そう六道が言うと、歯がゆそうにマリーは俯いた。

手に持っている指し棒がミシリと軋む。


忌々しそうに黒板をマリーは睨んだ。

実にわかりやすい憎悪だ。


「今現在の連邦政権を握るは、ベルグリード一族。元は王族でしたが、王権と政府が分離した際に王族から枝分かれした家です」

「王がいるのか?連邦に?」

「一応は、ですね。元々連邦は建国を為した王が、周辺国に対抗する為に作り上げたものとされています。しかし王家の失墜により委託政府が出来ました。これが10年ほど前です。そして今、政府は強固な国作りのため、中央政府権の強化に血道を上げている様子です」


連邦において、『軍務』の名門がグランドル家であり、『政治経済』の主要ポストを埋めるのがベルグリード一族。

中央集権化の障害となりうる軍事力を持つグランドル家の弱体化を狙った、と暗にマリーは言っているようだった。


聞いた感じだと、中央集権化というより、元の王族への権力の回帰を望んでいるように思うが、どうにも判断がつかない。


今ひとつ腑に落ちないまま、六道は講師に質問を投げかける。


「しかし…軍は金が無ければ動けんだろう?既にベルグリードとやらの影響下ではないのか?それともそこまでの経済基盤がこの国にはあるのか?」


そう問うと、マリーの顔に困惑の色が浮かんだ。


いえ、その…。と言い淀む。


―どうも言葉を選んでいるらしい。


急かす物でも無い。

出されていたカップに手を伸ばすと、その中身は珈琲。

このネイブという男の好みが珈琲なのだろう。

趣味が合うな、と思いながら口を付けると、思わず顔を歪めてしまった。


「どうされました?」


ああ、いや、と今度は六道は言い淀んだが、別段隠し続けるものでもあるまいと思い、正直に言うことにした。


「次からは砂糖は無しで頼むよ」


彼女の言う若様というのは、余程の甘党だったのだろうか。

六道の言葉に驚愕していた。

そして、それで何か決心でもついたのか、マリーは遺恨の理由を話し始めた。


「それが…どうも、私怨のようでして…」


理由というのも烏滸がましかった。


国を揺るがすモノの理由が私怨とは、笑い話にもならないだろう。

しかし、そう言うマリーの顔は真剣そのもの。


つまりは、本気と言うこと。


しかし、そう思いながらもつい、

「私怨?」

そう問い返したが、マリーの雰囲気に変化は無い。


―冗談だろ。


思わず天を仰いだ。

そして、モノはついでと訪ねてみる。


「聞きそびれたが、マリー、君のその格好は何だ?」

「…若様のご趣味と伺っておりますが…」


キョトンとして答えたマリーは、館について直ぐに着替え、今はメイドの格好をしていた。


それだけならばまだいいが、腰には二本の小太刀程度の長さの刃物を帯びている。

その片方は例の無骨な短刀だ。


先ほど一瞬だけ思った、趣味が合うな、というのは全面的に撤回だ、と六道は心の中で思い、深いため息を零していた。

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