第7話 ネイブ・フォン・グランドル
カッセンロスト国。
大陸の中央に位置する中規模な国なのだそうだ。
肥沃な地帯である北部と、工業地帯である南部からなる国であり、グランドル家はその工業地帯に根を下ろす、開国以来の家柄であるという。
能力者の存在が大きくなったあの世界では殆ど聞かなくなったが、この世界ではまだ名家というやつが力を持っているらしい。
今回あった騒乱の舞台は北部の国境辺りであり、相手は周辺諸国からなる連合軍。
しかしながら、宣戦布告のあった大戦ではなく、連合軍の息の掛かった者達が散発的に引き起こしたテロリズムから端を発するものであったそうだ。
この辺の調べがついているのは、ネイブという男の仕事柄なのだろうか。
巷に溢れる流言飛語の類ではないといいのだが。
国境線での治安維持を名目として連合軍は介入し、形としてカッセンロスト国は、連合軍の助力を持ってテロリズムを鎮圧したとなっているらしい。
分かりやすい内政干渉だ。
目の前で黒板に関係図を書くマリーを眺めながら、ぼんやりと六道はそう思った。
このぼんやり加減は、意識転移後の衝撃も要因の一つだろうが、もういくつか思い当たる節がある。
まずは、今現在居る館だ。
病院を抜け出し、一日あまり移動して訪れた自宅らしい住居は、館というに相応しい出で立ちだった。
年季は入っているが、豪奢な造り。
庭の広さも圧巻。
美しい庭園をみて、感動よりも無駄に広いと思ってしまったのは自らの貧乏性からだろう。
庭でそれなのだ。
館の規模は言うに及ばず。
そんな豪邸が自宅と言われても、マジかよ…としか思えなかった。
そして、それよりもインパクトが大きかったのは、移動の際に見た街並。
近代的なモノが乏しく、それでいて前時代的ではない、なんとも妙な街並だった。
見慣れた自動車はないが、それに近いモノは走っている。
電柱や電線は無いが、電気仕掛けらしい灯りや、機械はある。
いちいちあれは何だ、と聞いていられないので尋ねなかったが。
それよりなにより、問題は現在の状況だ。
黒板に次々に関係図や簡略図が書かれるたびに、段々と気まで重くなってきている。
こちらの希望で、館に着いて息つく間も無く、お勉強の時間となり、今に至る。
そして、これは衝撃とまで言ってしまうと失礼かもしれないが、まさか教鞭を取るのがマリーとは思わなかった。
だが、中々どうして。堂に行っている。
…一点を除いてだが。
ぼんやりとしている頭を酷使しながら、六道は口を開いた。
「成程、そうなると、干渉を止められなかった俺は良い的になるな」
そう六道が言うと、歯がゆそうにマリーは俯いた。
手に持っている指し棒がミシリと軋む。
忌々しそうに黒板をマリーは睨んだ。
実にわかりやすい憎悪だ。
「今現在の政権を握るは、当家とは敵対関係にあるベルグリード一族。この機会に当家の失墜を狙っているかと」
そのベルグリードとは金融家の一族であり、本拠地こそ当国だが、展開する銀行は大陸全土に及び、その影響力も大きい。
軍務の名門がグランドル家であり、政治経済の主要ポストを埋めるのがベルグリード一族。
グランドル家があくまでも1名家であるのに対し、ベルグリードに関しては、一族と呼称されるが、実際はその息が掛かった者達の数は計り知れないという。
まるで秘密結社だ。
しかし、そんなところがわざわざ家の一つを狙うのか、という疑問が拭えない。
今ひとつ腑に落ちないまま、六道は講師に質問を投げかける。
「しかし…失墜と言うが、軍は金が無ければ動けんだろう?既にベルグリードとやらの影響下ではないのか?」
そう問うと、マリーの顔に困惑の色が浮かんだ。
いえ、その…。と言い淀む。
―どうも言葉を選んでいるらしい。
急かす物でも無い。
出されていたカップに手を伸ばすと、その中身は珈琲。
このネイブという男の好みが珈琲なのだろう。
趣味が合うな、と思いながら口を付けると、思わず顔を歪めてしまった。
「どうされました?」
ああ、いや、と今度は六道は言い淀んだが、別段隠し続けるものでもあるまいと思い、正直に言うことにした。
「次からは砂糖は無しで頼むよ」
彼女の言う若様というのは、余程の甘党だったのだろうか。
六道の言葉に驚愕していた。
そして、それで何か決心でもついたのか、マリーは遺恨の理由を話し始めた。
「それが…どうも、私怨のようでして…」
理由というのも烏滸がましかった。
国を揺るがすモノの理由が私怨とは、笑い話にもならないだろう。
しかし、そう言うマリーの顔は真剣そのもの。
つまりは、本気と言うこと。
しかし、そう思いながらもつい、
「私怨?」
そう問い返したが、マリーの雰囲気に変化は無い。
―冗談だろ。
思わず天を仰いだ。
そして、モノはついでと訪ねてみる。
「聞きそびれたが、マリー、君のその格好は何だ?」
「…若様のご趣味と伺っておりますが…」
キョトンとして答えたマリーは、館について直ぐに着替え、今はメイドの格好をしていた。
それだけならばまだいいが、腰には二本の小太刀程度の長さの刃物を帯びている。
その片方は例の無骨な短刀だ。
(…確かに、恨みを買うような男だったのかもしれんな…)
先ほど一瞬だけ思った、趣味が合うな、というのは全面的に撤回だ、と六道は心の中で思い、深いため息を零していた。
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