第3話 このくそったれな世界に


問い。


貴方はとある任務に従事していました。

その任務とは、ある場所である書類を入手する事です。


その任務の最中、首尾よく書類を手にしましたが、ふとした瞬間にお目付役が消えてしまいました。

異変を察知した仲間たちがかけつけてみると、貴方しかいませんでした。

さあ、どうなるでしょう?

*任務の目的である書類も、お目付け役と同様に消失しているとする。


答え、軍事裁判。


その理由として、

薄々は察していたが、今回の一件は軍が主導していたらしく、あの物騒な女も軍属だったと。


なんと、私こと六道は、その女を消し、予言を独占したと。

※書類、つまりは予言と呼ばれる遺物は、なんらかの方法で隠している、のではとのこと。


要約するとそういう容疑で、裁判にかけられるのだそうで。


無論、軍に入ったつもりなんぞなかったので御座いますが、なんと。

なんと、この作戦に参加した時点で軍属になっていたのだそうです。


やったね、祝就職!


でも、だからこそ、公益に反する行為をしたから軍事裁判で処刑な!よろしく!

でも、予言の内容を此方に渡すのであれば、魚心あれば里心だよ!



働いたら負けとは、こういう意味だったのかな。



くだらない事を思いながらも、独房の中で、思わず頭を抱えてしまう。


どうしてこうなった。


どうもこうも、下手に欲をかいたのが理由ではあるが、それは置いておこう。

この状況で己を責めるなんて不毛な事はやめよう。


さて。

今現在の待遇は悪くなく、拘束もされていない。

流石に散歩は無理だろうが、飲食も可能だ。


では、次に問題を洗い出してみよう。

1.まず何より、軍事裁判まで時間がない事。

2.消失に関して、目撃者が己しかいない事。

3.消失した『予言』に関しても、実際問題として、内容を目撃していない事。


それにー。


掌の中でダイスを弄びながら、周囲に気を配る。


4.このダイスに誰も気が付かないこと、だ。


至る所にセンサーやカメラがあるようだが、相変わらず、このダイスには誰も反応しないらしい。

この独房にぶち込まれた際にあった身体検査でも、そこにダイスという『物』があるということを認識出来ていなかった。


ダイスー神のサイコロとやらの面数は六。

その面々にはよく分からない文字や文様が描かれている。


神も仏も無いと嘆きたい者の手に、神のサイコロ。


なんともまあ、


「間の抜けた話だな」


思わず呟くと、近くのセンサーが反応したようだった。


「なんだ?」


さっそく、マイクからの問いかけがあった。

苦笑しつつ、応えを返す。


「いやなに、間抜けだなと思いましたね。こう見えても腕っぷしはともかく、把握能力には長けているつもりだが、これは見通せなかったわけで」


軽口を叩いてみても、あちらの反応は思わしくない。

覗き見をしている割に、面白味のない連中だ。


―しかしまあ、見る事に関してはこっちの方が上手なんだがな。


どうせ動けないのであれば、と感覚を広げてみる。

鈍い頭痛を感じるまで広げたところで限界と判断し、得られた情報の整理に移行してみよう。


テクニカルや、銃火器。

司令室らしい箇所も見受けられるが、全体的に軍事施設にしては小規模だ。


人員総数は流石に数え切れないが、あの女レベルの能力者がちらほら目につく。


実に人口の1%しかいないと言われる高位をこれだけの数を保持しているとなると、軍は軍でも特殊部隊の類、この国ならば特殊作戦群だろう。


この国のトップシークレットに属する部隊だ。


予言を扱うとなるとそうだろうな、と一人頷き、虚空に目を泳がせる。


知らずに、一雫の汗が頬を伝っていた。


いや、汗の一つくらいなんだというのだ。

人目を憚らないで良いなら、喚き散らしたい。


ため息を一つこぼし、心を沈める。


つまりは、状況の最悪さに拍車が掛かったわけだが。

なまなかな事で、この連中が動くとは思えないし、それこそ手段を選ばずに行動を起こす可能性も高い。

それらを隠蔽する事は、それに長けた能力者と適切な道具、適切な処理を行えば容易いだろう。


本来、そういうのを見透かす役割の奴が思うのだ、間違いはない。


過不足なく、命が危ない。

危険が危なく、命が灯火で、風前なのだ。


いや、ふざけている場合ではない。


さてどうしたものかと考えている内に、三名の男が独房に現れた。

いかにも軍人といった様子の二人は護衛だろう。

もう一人はエージェントか。

あの消えた女と似た雰囲気を感じる。


「お前が見た予言を我々に渡す気になったか」


高圧的な口調までそっくりだ。


能力の高さを鼻にかける奴はいるが、こいつの場合は、それよりも能力を持っていながら、何処にも属していないのが気に入らないというタイプだろう。


思えば、あの女もそうだったのではないだろうか。


別に殊更に自由を愛する訳でもないが、生まれが悪けりゃ政府の引くネットに引っかからない事もある。

自分はその典型だったわけで、自分が産まれた後の世代からは検査の厳格化や検査自体の精度上昇で早期発見が進められていた。

俺らの世代では、能力者こそ認知されていたが、その能力の強弱を調べる術が不十分だったのだ。


特に超感覚寄りの能力は。


今でこそ超感覚寄りの能力者は優遇され、幼い頃から施設での強化教育や道徳・愛国教育に加え、各種支援も行われている。


ここまで一気に支援体制が整った要因は、超感覚能力者による犯罪行為の増大。

元より認識範囲の拡大などの超感覚は、物理的な能力行使よりも見つかりにくい。


加えて、中には無自覚に使用している者もいたりする。

そういう連中を囲いこんで組織犯罪を犯した事例なども枚挙に遑がない。


罪状としてもプライバシーの侵害や、恐喝・脅迫といったものから、大規模な疑獄への介入などと、幅が広い。


いつ誰が、何の理由で標的になり得るかわからないという恐怖感を持つ者も多く、超感覚寄りの能力者に嫌悪感を持つ者は少なくない。


それが未登録者であると尚更だ。


登録と未登録の違いは、簡単に言えば能力行使に制御がなされているかということにである。

登録者には無償で補助具が提供され、それの装着が強制されるが、能力使用の際は手続きを踏まねば、補助具によって当局に通報されるという仕組みなのだ。

そして、規制を受ける分、生活補助という名目での様々な支援を国より受けられる。


そもそも超感覚能力者の大半にとって補助具の有無は生死に関わる問題でもある。

あまりにも過多な情報に、人の脳が耐え切れず狂ってしまうのだ。


故に、この制度自体は能力者からも歓迎されている。


さて、それなのになぜ、登録していないのか。


その答えは単純明快。

これまでの少しばかりの悪事が露見しかねないからだ。

メリットを大きく上回ったデメリットが覆い被さっているからだ。


人によっては司法取引で免罪を受ける者もいるが、残念ながらそうでない者もいる。

それが正しく俺で、だから、ここまで嫌悪感を示されるのも納得はいく。

免罪に出来ないだけの罪状があるわけだから。

だが、だからこそー。


「渡すも何も、俺は何も知らない。見たのは女が消えた瞬間だけだよ」


一瞬、エージェント風の男の口が歪んだように見えた。

しかし、それは直ぐに消え、両脇に控えていた軍人二人に目配せを送る。


ズッと、二人が歩み出た。

この上ない嫌な予感がする。


「貴様がそのつもりならば構わん。だが、予言を個人に持たせるわけにはいかない」


どう言う事だ、と言葉を返す前に、椅子に押さえつけられ、両腕を軍人二人に拘束された。


「ああ、気を楽にしてくれ」


そう言うと、エージェント風の男は右手を軽く振った。

すると、耳障りな音を立てて足元の床が浅く消え失せた。


まるで、小ぶりなシャベルでいきなり抉り取ったような様に。


それと時を同じくして、まるで手品のように男の手に小ぶりのナイフが現れた。


これが奇術の類なら喝采を送りたいところだが、当然のように能力を行使した結果だ。


物質再構築能力。

割とポピュラーな能力だが、総じて低位能力者が多いと言われる。

正確には、分解と再構築を行う能力だが、それを行使する物質に関しての適性が酷くバラバラであり、ある物質の分解だけは出来る、という能力者も少なくないという。


この男のように、属性で言えば土にあたる物を分解し、即座に任意の形に再構築出来るのは高位能力者の証左と言っていいだろう。

実際、土・火・水・金の複合能力の行使で再構築を行なっているわけだから大したものだ。


ちなみに、分解に比べて、再構築の疲労度は桁違いだという。


余程の熟練者でも、サイズによるが、一日に作れるのは三つから五つ程度。


とまあ、一目見ただけで能力のある程度がわかってしまうのが物質再構築能力のデメリットの一つだ。


ー問題は、トップシークレットに所属する御仁が、わざわざそれを見せて来たことだ。


「なかなか…良いお手前で…?」


こちらの苦笑いに対して。


にやりと、サディステックな笑みを男は浮かべ、左眼に向かって刃を突き立てた。


声も出なかった。


直ぐに来る激痛にのたうち回ろうとするのを、軍人二人が押さえつけてくる。


「お前はその目が自慢なのだろう?しかし、能力者は管理下に置かれるもの。管理不能のものは排除すべきだ。なに、眼を潰すだけだ。冷静沈着さが売りの超感覚能力者様には、どれが自らのメリットかどうかなんて言うまでもなかろう?」


どうにもこのお方は超感覚能力者に私怨でもあるようだ。

その昔に超感覚能力者に浮気でも突き止められたのだろうか。

それとも、ヘマの証拠でも見つけられて降格でも食らったのか。


嘘や真、隠し事を探り当てるのに超感覚能力者に勝る者はいない。

そんな連中に腹芸で挑む事自体が間違いだ。


だから、この男がこういう手段に早々に出てきてのは悪手ではない。

無論、こちらにしてみれば最悪だが。


(だがしかし、早々にここまで物理的に来ることもなかろうに…!)


ゆっくりと、次は右目の前に刃が来た。

切っ先が眼球に触れる刹那、声が聞こえた。


「あらあら、大変ね」


聞き覚えのある声。

船底で聞いた声。


全ての時が止まっていた。

声だけが聞こえる。


つっと、視界に女の姿が見える。

真っ白な衣に、真っ黒な長髪を靡かせた女。

予言の情報を此方に売ろうとした女。


「お前…」


声が出るとは思っていなかったが、発言はできるらしい。


「お前は何者だ」


うん?と女は首を傾げた。


「予言の情報を流して国を動かし、目の良い奴を見つけさせた。そして女を消した。どれもお前の手の中だろ?」

「半分正解かなぁ」


惚けたようにそう言うと、女は此方に触れてきた。

触れられたのは右手と、右の頬。

そこだけが時を取り戻したように動き出す。

最後に左の頬を撫でられた。


「あらぁ、酷い事するわね。こんな事をしても貴方の能力は消えないのに」


不思議な事にーいや、時を止めている時点で不思議も何もないのだがー潰された左目の痛みが引いていた。


「殆ど嫌がらせのようなものだ。それに、超感覚に関しては部位を潰せば無くなるという偏見もあるしな。そんな事より、半分とはどう言う事だ?」


「ああそれは、別に貴方じゃなくてもよかったの。偶々始めに来た眼の良いのが貴方だけだっただけ。消えたあの子も、たまたま適した能力を持っていただけ」


あっけらかんとそう言うと、女は右手を指さした。


「ねえ、こうなったら使うしかないんじゃない?」


指さした先は、右手に握られている神のサイコロ。


「…使うも何も、これは何だ?」

「何って、神のサイコロでしょ?」

「いやだからだな…」

「少なくとも眼が潰されるのは回避出来るわよ?それに、此処から逃げれないとマズいのでしょう?」


飄々とした声に沸いた怒りを押し込み、女に問う。


「お前は…いや、お前らは神とか、そういう類か?」

「さぁ?」

女はそう即答した。


「管理者とか、そういうのが近いのかな。貴方たちでいう仕事?かな?それで、その賽子を一定数配布することになったから、無作為に選んだの。それに、使って貰わないと困るから、そういう状況も提供してるのだけれど」

使わない?と女は此方を覗き込みながら首を傾げてきた。


整った…浮世離れした美貌の女だ。

だが、これは直感だが、この女は俺個人に興味は欠片も無い。

断れば女は躊躇なく時を進め、ダイスも他の人物に渡すことだろう。

ならば選択肢は一つしかない。


「あらぁ。決意したのね、有難う。良かったわ、これで帰れるもの」


微笑む女を余所に、ダイスを転がす。

転がすといっても、拘束はされたままだ。

ただ、軍人の一人に抑えられている右の掌を開き、下にダイスを落とすだけ。


これは、眼の能力だろうか。

それともダイスの効果なのか。


出た目が脳裏に浮かぶ。


一つ目は、3の国。

二つ目は、闇。

三つ目は、目。


読めなかった出目が、翻訳されたように頭に浮かぶと、酷い頭痛がした。

能力の限界使用の時と似た部類の頭痛だが、桁違いの痛みだ。

呻く自分を、女は微笑ましそうに見下ろし、軽く手を振っていた。


程なく激痛が無いはずの左目に走り、六道は気を失った。

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