はじめの一歩

第6話

「にーに、にいに……」


 多分もう夜中なんだと思う、そんな時間に果穂に揺さぶられて起きた。

 どうした、と訊くと、もじもじしながらおトイレ、と言う。


 もう1人でトイレには行けるようになっていたが、確かに今1人で行くのは怖いだろう。場所もわかってないだろうし。


「ん、一緒に行くよ」

「ありがと」


 そう言えば僕もこの部屋のことをよくわかってない。

 元の世界と比べると、少し時代感としては前に感じる。

 魔法のある世界だ、ある程度は色々文明は進んでるんだろうけど、自分達の想像するホテルと比べたら若干その、綺麗さが劣るというか……

 ベッドは硬いし、全面的に少し古臭い。

 まさかトイレも所謂ぼっとん便所だったりしないだろうか。衛生観念も心配だが、果穂が落ちてしまったら……


「ここだ」

「ひとりではいる!」

「待って、まず兄ちゃん調べてからな」


 扉をあけて、どうやら思っていたものではなくて少し安堵した。

 古臭いタイプではあるが、洋式?のようなもので、これなら果穂が落ちることはない。

 ついでに奥には小さな浴槽もあり、なるほど、綺麗な訳ではないが、想像を絶する程酷いものではないと胸をなで下ろし、扉を閉めた。


「そこにいてね?ベッドもどらないでね?」

「いるよー、大丈夫だよ」

「ぜったいだよ!」


 執拗いくらいに念を押し、その度にいるよ、と返す。

 いつも以上に安心させてやりたくて、眠いが果穂に付き合ってやる。


「おわった!」

「ん、じゃもちょっと寝よ」

「……おなかすいた」

「……なんも食べてなかったもんなあ」

「よるだからたべちゃだめ?」


 普段なら朝まで我慢させるところだ。

 けど、夜も果穂食べ損ねてしまったし、一応、とララがスープとパンを置いていってくれた。

 僕も食べたけど、固めのパンと薄味のスープで、特に腹痛などもおこしてはない。

 スープの味が薄いのは、僕の体調を考えてくれてのものなのか、この世界での味付けの標準なのか、この宿側の問題なのかはわからなかった。


「スープ、冷えちゃってるけど大丈夫か?」

「うん!」


 テーブルにつかせ、スープとパンを食べさせる。

 電子レンジがあればなあ。温かいごはんを食べさせてやりたかった。


「にいにたべた?」

「ごめんな、果穂が寝てる間に食べちゃった」

「おなかすいてない?パンいっこにいににあげる」


 ふたつ残ってる内のひとつを僕に差し出してきた。

 いいよ、果穂が食べな、と返すも、たべきれないからいいよ、と渡してくるのでありがたく受け取ることにした。


 兄の贔屓目もあるが、優しい子だ。

 ……どう説明しようか。母親に会えなくなることを伝えてもいいだろうか。大泣きすると思う。

 でも元々あの母親の愛情がそんなに大きかったとは思えないので、果穂も少ししたら大丈夫じゃないか。

 いや、虐待された子も親を庇う。施設に預けようとしても、親と一緒にいたいと泣くのだ。

 それを考えると……


 ……


 黙っておこう。

 その内果穂から切り出してくる。その時の状態を診て、大丈夫そうなら話をしよう。

 まずはこの世界に慣れてもらう。兄がずっと一緒にいるということをわかってもらうんだ。


「食べたらまた寝ような」

「うん」

「食べきれなかったら残してもいいぞ」

「うん」

「……美味いか?」

「にいにのごはんのがおいしい」

「そっか」


 よっぽどお腹が空いていたのか、スープとパンを平らげて、今度はお腹がいっぱいになったからか眠そうな顔をしている。

 今日は色々あった。

 あれだけ泣いていたし、体力も減っただろう。

 果穂もわからないことだらけだろうが、特にこの世界のことの質問もなく、また眠りに落ちた。

 ただ、しっかり僕の服を握り締めて、ぴったりくっついて寝ているところを見ると、やはり不安なんだろうな、と思う。


 守らなきゃいけない。

 力をつけないと。果穂を守る為に。

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