エピローグ 風にそよぐ丘と耳に響く声

[そよ風、小鳥の鳴く音]


 旦那様、風が頬を撫でて気持ちいいですね。木陰にいると程よい気温と湿度で……とても過ごしやすい日です。


 小鳥が青空を駆けて……あれはなんという鳥なんでしょう。こちらで繁殖させた種でしょうね。


 ええっと、旦那様、もしかして眠たいですか? お昼もたくさん食べましたし、午後は眠くなってしまいますよね。私と一緒にこの丘でお昼寝しませんか?


 はい……ご所望通り、私の心音と、呼吸音を、耳に流しますね。


[心音、呼吸音。なおもそよ風が吹いている]


 もうこちらに移住してしばらく時が過ぎましたね。あの日、私は文字通りあなたと一つになりましたから……さあ、心行くまで私の生み出す音を聞いてください。


 とくとく……すーはー……心地良いですね。


 晴れ渡る空をじっと眺めてください。この丘は、私たちのためだけにあります。家に帰れば、開梱した土地でとれた農作物、交易で得た肉や魚があります。何一つ、不自由はありません。


[頭の中を撫でる音]


 旦那様がお望みであれば、このようなことも可能です。頭の中に、私の吐息を……


[頭の中で吐息を吹く]


 ふふっ、恐らく誰も味わったことのない感触でしょう。もっとたくさんやりましょうね……ふーっ……ふーっ、ふーーーっ……


 機械の体は安々と宇宙線に耐え、100年の時をも跨ぎ、不安定な着陸でも傷一つつきませんでした。……とても気分がいいですね。ここには私たちしかいません。肉体は一つなのに、二人いる。あのときの決断は、何ら間違っていませんでした。


[耳を塞ぎながら、同時に耳奥をカリカリと掻く]


 たとえばこうして、お耳を塞ぎながらの耳かき……私たちにしかできない芸当でございます。カリカリとじっくり耳奥に触れてまいります。同時にお耳を塞いだ安心感を味わってください。


 旦那様、その……時々、寂しそうな目をされていませんか? ……はい、なるほど、そういうことでございますか。私は元々体を持っていなかったので気づきませんでしたが、確かに、旦那様と私はお互いの体を抱きしめ合うことはできませんね。


 であれば、宇宙船の残パーツと、市場のはずれのジャンク街で部品を集めれば、私のプログラムを移すためのボディができるかもしれません。そうすれば晴れて二人は晴れて抱きしめ合うことができますが……あなたはそれを望みますか?


 そうですよね、違いますよね。それこそが、あなたと私で成し得た証明です。体がなくとも、愛をつかさどるロジックが切り離されても、なお、愛し続けられている。今この瞬間こそが理想郷です。二人は、実体を持つ者と持たざる者だからこそ、一つになれているのですから。


[全身に風が吹き込むような音]


 一つになれたからこそできることを続けましょう。体の隅々まで、息吹を吹き込みます。体の内側、あらゆる臓器から、疲れが抜けていくイメージです。心地良いですか? しばらくこれを続けましょう。


 そろそろ、夕日が沈んできましたね。家に帰りましょうか。


 ええっ、子ども……ですか? 私に生殖機能はありませんが、そもそも肉体もないのにどうやって……そ、そんなアイデアが。それが果たして私たちの子孫に当たるのかは分かりませんが……やってみる価値はありそうですね。最早、私たちは一般的な規範から逸脱してしまったのですから。


 しかし、それがどういった結果を招くことになるのかは……二人であれば、何も問題はない、ですか。ふふっ、そうですね。それは私とて同じでございます。ですから、いつまでも、こうして二人で一緒にいましょう。お慕いしてしております、旦那様……。

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あなたが好きで好きでたまらないダウナーメイドAIと宇宙の果てへコールドスリープ!? 多田八 @tada8

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