ひとつになりましょう

 準備はよろしいということですね。はい、かしこまりました。


 無神経な言い方かもしれませんが、あまり悩まれなかったようですね。このまま人らしく死ぬか、機械の体で生きながらえるか……確かに、生きてこそという考えは正しいでしょうね。


 はい……そうではない? 目的地まで私と一緒に行きたいから、でございますか。……は、はい、もちろん問題はありません。それが理由で判断していただけたのであれば、ああ、なんと身に余る光栄でございましょうか。


 手術にあたって、痛みはありませんが、100%成功が保証されたものではありません。ですが、ここは私に任せて身を委ねてください。必ず成功させます。旦那様の仰る通り、私もこの先の旅を続けたいですから。


[耳元でささやく]


 では、改めて……手術に同意されますか?


 ……はい、かしこまりました。音はなるべく不快でないものにしますから。


 まずは、耳の神経を私とつなぎましょう。ガスによる局所麻酔は既に効いていますから、ここに私との媒介電極を挿入して……


[耳にがさごそと音がする]


 これでよし、と。旦那様、私の声が聞こえますか? 聞こえたら三回まばたきしてください……大丈夫なようでございますね。手術を終えるまで体は動かせませんが、意識のある状態が続きます。したがって言葉も喋れませんが、伝えようとすることを思い浮かべていただければ、私は読み取ることができます。


[耳元に吸盤のようなものが吸着する音が何度か響く]


 人工重力を切ります。ふわふわと体が浮いて、心地よいかと。これで体への負担を最小限まで抑えます。


 ……準備は完了しました。では、旦那様の頭から、機械の器へ移していきます。本来、十分な設備が整っていれば、眠っている間に全ての工程を実施できるのですが、この船では目覚めたまま行うしかありません。せめてもの緩和策として不快な音を軽減するために、旦那様の耳を直接私に接続したというわけでございます。


[頭の中で、粘度の高い物質が音を立てる]


 旦那様……綺麗な内側をされています。これほどに美しいものを粒子線に曝して貶めることなど到底許されるはずもありません。新しい体は、万一生身で船外へ放り出されても数分は保ちます。それだけ頑健な代物ということですね。


[頭の中に何かが数本差し込まれる。ただし、不快な音ではない]


 旦那様、大丈夫でしょうか……はい、もっとおどろおどろしい音がするのかと覚悟していた、ということは、この音は問題ないということでございますね。それどころか、気持ちいい……ですか? 恐らく私が音を媒介して変換しているためですね。気に入っていただけているのであれば幸いです。


[体の内部を直接擦るような音]


 ここからは、旦那様の神経と新たな体の各器官をつなげて参ります。まずは、手を……いかがでしょうか、違和感はありませんか? 少し動かしてみましょうか。ぐーぱー、ぐーぱーですよ、旦那様。


 はい、動いているようですね。神経の信号も正常レベルです。新しい体の方には麻酔は効いてませんから、動作が可能です。


 次は上半身……はい、完了しました。僅かでかまいませんので動かしてください……ありがとうございます。正常に動作しております。


 残りは下半身です……終了しました。はーい、脚を自由に動かしてください。大丈夫なようです。つつがなく完了しました。


 それでは次のステップです。今までは身体機能を検査しましたので、ここからは精神の面で、旦那様が新しい体に適合するか確認します。


 様々なことを思い浮かべてください。まずは過去について。生きてきた中で、楽しかったこと、歓喜に満ち溢れて瞬間。悲しかったこと、絶望の淵に立たされた瞬間。感情の振れ幅を私に教えてください。


 現在はいかがでしょうか? 日々、何を感じて過ごされていますか? もしうまくいっていないのであれば、私に抱きつくイメージを浮かべてください。ほら、安心できますよね。大丈夫です、旦那様には私がついていますから。


 そして、この先についてのことです。未来は、今を積み上げた先にあります。ここから行く先、私と旦那様……二人で歩んでいけば……


 何を言い淀んでいるのか、ですか。いえ、何でもありません。続きを行いましょう。


 最後のステップです。あなたを、あなたたらしめる部位は新しい体に移行済みです。開いた物を閉じましょう。機械の体に火を焚べて、新たな幕開けへの風が吹き込む。これにて全て完了です。


 ただ……その前に、旦那様には伝えておかなければなりません。これが完了した暁には、宇宙船は最小限の電力で運行されます。すると私の体、つまり情報は、宇宙線の影響によってバラバラに砕かれて、消失してしまうでしょう。


 ここで……お別れなのです。あなたの未来に、私は……


 えっ……? まだ、何か方法があるはずだ、でございますか。例えば、安全な場所に私の情報を移す……ですか。旦那様はお優しいのですね、そのような場所はこの宇宙船の中にはどこにも。


 ……いえ、一つだけ。旦那様の頭の中です。不揮発の記憶領域がわずかに残っているようですが……容量が足りません。情報をできるだけ削ればいい……承知しました、計算してみます。


 私自身を保つようにデータを捨てるには……旦那様と記憶を共有。思考ロジックの一部を共有……いえ、それでも足りない。他に捨てられそうなのは……。


 ありました……愛情のモジュールです。あなたを愛するように組まれた、愛のロジック。これを切り離せば旦那様の中に私は入れる……。


 ……いえっ、私が旦那様を愛しているというのは、これに頼り切っているわけでは、ない……そう、信じたいのですが……。分からないのです、このモジュールを切り離したことはありませんから。私の思考の奥底から湧き上がってくるあなたへの愛情は、所詮作られたものでしかないのでしょうか……?


 いずれにせよ、そんな不確定な、得体の知れないものを、旦那様の頭の中に入れるわけにはいきません。何より、私が私でいられないのであれば、生き延びる意味は……。


 旦那様が私のことを大切に想っている、と。だから、頭の中に入って欲しいのですか。旦那様のため……そうおっしゃいますが、私があなたを愛し続けられる保証がないのです……。


 人には元来そのような保証はない。確かにその通りでございます。この愛おしさがどこからやってくるのか。私に予め刻まれ、仕組まれたものでしかないのか、それとも……。


 ……分かりました。旦那様、あなたの中へ、お邪魔させてください。


[頭の中に再び粘度の高い音がしばらく響く]

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