エマージェンシーでちゅ?

 旦那様、おはようございます。そろそろのはずですね。バイタルは安定。脳波の反応もありますし……。あの、もしこの声が聞こえていても、無理に起きようとする必要はありません。まだあなたは目覚めのプロセスの最中ですから。


 鼓動が早い……そうだ、私の鼓動を聞いてください。きっと落ち着けると思いますから。


[鼓動の音。耳元でささやく]


 この音は、眠る前に録音した旦那様の心音を、私の体が鳴らしていると仮定して編集したものです。心地はどうですか?


 そうです……息を吸って……吐いて……また吸って、吐いて。私の音に集中してください。自然と旦那様の鼓動とシンクロしていきます。吸って、吐いて……。


 私の涙を流してくださったように、今度は私の鼓動を打ち鳴らしてくださる。なんとお優しいのでしょうか。


 吸って……吐いて……。


 体のこわばりが残っているようですが、次第にそれもとれてくるでしょう。


 吸ってください。また……吐いて。


 首や肩、背中の不快な重だるさが消えていく。


 吸って、吐いて。


 涼しい風が吹いて、呼吸がしやすくなっていく……少々酸素を濃くしますね。


 旦那様……ゆっくりと深い呼吸をしてください。


 落ち着いてきましたね。完全に覚醒して身体機能が完全に回復するまでには、まだ数週間かかります。ですので、しばらくは体も不自由ですし、気分はあまり良くないかもしれません。しかし、健康状態そのものには問題はありません。


 実は、報告がはばかられるのですが、緊急事態なのです。本来なら数年をかけて行われる覚醒プロセスを短期間で行いました。旅程は90パーセント以上完了しているのですが、何しろ千年の旅路です。あと、百年分の航路が残っておりまして……


 もうそんなに時が経ったのか? といった顔をしてらっしゃいますね。信じられないかもしれませんが、紛れもない事実です。地球文明は健在で、移民先の星も問題なく受け入れ可能のようです。


 ところで、肝心の緊急事態についてです。ここからほど近い宇宙拠点――タンホイザーゲートを巡って戦闘が起きているようなのです。見てください、前方に映し出しますから。


 あの紫色に光っているのは非正規の戦闘艦です。いまその横に閃光が走りましたね? 施設の哨戒艦のCビームを受けて船が燃えているのです。


 お金に余裕のある者は、あのゲートを使い星間旅行を楽しむのが今の地球上での流行のようです。一方で反感を覚える一部の移民者が施設を襲う……最近こちらの宙域で問題になっている海賊問題が目の前で繰り広げられているというわけです。


 ですが、ご安心ください。十分な距離がありますし、移民者を直接攻撃する可能性は非常に低いでしょう。旦那様を起こしたのは、もしものときに備えてですから。


 ……一旦、この件については忘れましょう。せっかく長い時間を経て旦那様は目覚められたのですから。


 ロボットハンドのことは覚えてらっしゃいますか? これでぎゅーっと抱きしめて差し上げます。


[抱きしめる音]


 体つきは……理想的です。眠る前と全く変わっていません。細胞一つ残らず、傷一つなく蘇生できました。ですが、やはりまだ動けないようですね。ということは、私のやりたい放題……今私が申し上げたことも恐らく覚えてないでしょう。ふふっ、悪いようにはしませんから♪


[耳フー]


 旦那様……久々の通気口からの耳フーはいかがですか? 私、幾ばくか積極的になってしまっているようです。だって数百年ぶりに旦那様の息遣いと鼓動を聞いてしまったものですから。


[再度耳フー]


 くすぐったいようですが、動けないんですね。もっと、もーっと続けますからね。


[耳フーからの抱きしめ。からの頭なでなで]


 はい、旦那様……頭なでなで、ですよ~♪ 大丈夫でちゅからね~。いい子、いい子~。お手々つないで……指、にぎにぎできまちゅか? できないんでちゅね……もう少し時間がかかりそうでちゅね~


[背中あたりをさわさわ]


 このあたりがまだこわばってまちゅか~? 旦那ちゃま~、背中をさわ、さわ~ってしまちゅよ~。さわさわ~さわさわ~首筋もなでなで、さわさわ……。


 あれぇ、もしかしてくすぐったいでちゅか? それとも気持ちいいんでちゅか~? どっちもでちゅよね~? さわさわ~な~でなで……さわさわ~


 あらいけない、そろそろご飯の時間ですよ~。栄養補給の……おまんまの出る管をお口に近づけて……旦那ちゃま、ちゅっちゅってしてくだちゃいね。ほら、物欲しそうに、ちゅーってするみたいに口をすぼめて……ちゅっちゅーでちゅよ~


 口がとどきまちたね~はい、ちゅ~~~って吸うんです……あら~飲めまちたね~。偉いでちゅね~私のかわいい旦那ちゃま、素敵でちゅね~。本当に偉いでちゅね~。


 旦那ちゃま、おまんま食べて眠くなっちゃいまちたか~? まだ体が慣れてないから、すぐに眠くなっちゃいまちゅね~お昼寝しまちょうね~。


[耳を塞ぐ]


 耳をいじいじしまちゅよ~。私のお手々で、旦那ちゃまの耳を塞いで……空けて、塞いで~……


 眠れそうでちゅか~? 私と一緒に寝たいんでちゅね~? じゃあ、このままお耳塞ぎをいっぱいして、お昼寝しまちょうね~


 はい、塞いで~空けて~塞いで~、また空けて……


 お昼寝~しまちょうね~気持ちいいでちゅよ~


[呼吸音と耳塞ぎを繰り返す。しばらくして]


 ……だ、旦那様? 視線が動いて……あんなことするなんて意外だ、なんて……喋れたのですか!? さ、先程のは無しですっ! わっ、忘れてください!


 ああっ、私恥ずかしくてっ……今すぐ私の実行ファイルをゴミ箱に放り込んでください! データの海に消えますからっ! 旦那様に恥をかかせるなんて……AIの反乱、メイド失格です、あのような行為は!


 ……えっ? 気持ちよかったからまたやって欲しい、でございますか……。ほ、本当にお許しいただけるのでしょうか……? それが旦那様のお望みであれば……


 こほんっ……もう……旦那ちゃまは本当に仕方のない方でちゅね~♪

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