第98話 新たなメール
優しく肩をトントンと叩かれた。それで覚醒する。
目を開くと、夫が眼の前にいた。
「こんなところで寝ると明日筋肉痛になっちゃうぞ。」
相変わらず帰宅の遅い洋輝が起こしてくれたらしい。妻の史織が起きたことを確認すると立ち上がり着替えを始める。
「おかえりなさい。お疲れ様。」
「おう。疲れた疲れた。史織も疲れてるんだろ。普段床の上でうたた寝なんかしないもんな。」
立ち上がって夫が脱いだ服を拾い手の中にまとめる。夏場は汗をかくので早めに洗濯機に放り込み浸け置き洗いがいいのだ。すぐに脱衣場の洗濯機へ入れる。ふと、やけに重いことに気がついた。
「あわわ、気をつけなきゃ。」
脱いだ洗濯物の中からスマホが出てきた。まだ新しいそれを、あやうく浸け置きするところだった。無言のまま、それを夫の方へ差し出す。
洋輝が眉根を寄せて、苦笑い。やっちまった、と呟く。
「・・・ふふ、気をつけてね。」
彼は職場の誰にもスマホを新しくしたことを告げていないそうだ。だから、所持していないことになっているため、本当に持っていることを忘れてしまうようだった。
彼はそのまま電源を切って、リビングの充電器に入れてしまう。
「シャワーだけでも浴びていいかな。さっぱりしたくて。」
「もちろん。冷たい飲み物用意しておきましょうか。」
「サンキュ。」
短いやり取りの後、洋輝は風呂場へ行ってしまった。
その直後くらいだった。テーブルの上に置きっぱなしの史織のスマホが鳴ったのだ。
慌てて画面を覗くと、メールの着信だった。差出人は無記名。だが、そのアドレスには見覚えが有る。
来た、と思った。
新しい夫のスマホには新しいメールアドレスがある。
だから、これは旧スマホの方の、夫のメールアドレスだ。と、一瞬そう思ったけれど、違う。
何度も何度もこのアドレスを眺めていた史織には、わかった。以前の夫のメールアドレスとは1文字だけ違っている。故意に似せているけれど、厳密には違う。
恐る恐るそのメールを開くと。
”皆には内緒だけど、新しい携帯を買ったんだ。これでまた会えるよ。”
その一文と一緒に添付された写真には、洋輝が新しく買ったスマホが載っている。
夏だと言うのに、ざわっと背筋に冷たいものが走った。
機種と言い色といい間違いなく洋輝のものだ。たった今洗濯物の中から取り出したのだから間違えようもない。
職場のデスクの上らしい場所に置かれているスマホの写真は、もしや夫のデスクで撮影したものなのだろうか。
呼吸が、浅くなる。まずい、押さえなくては。
史織はスマホをテーブルに置いて両手を旨にあてた。そして、できるだけゆっくりと深呼吸をする。過呼吸を起こさないように、深く息を吸って吐く。できるだけゆっくりと、長く細く。
ちょうどそこに風呂場から戻った夫が姿を現した。
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