第95話 新情報

 校庭の隅でボールを持った高学年の少年と息子の峻也が二人で言い合いをしているに見えた。例の、息子をいじめる少年の現行犯だと思い、急いでそちらへ駆け寄っていく。

 学童の職員よりも早く辿り着いた史織は、ボールを持っている少年を見つめた。どこかで見たことが有るような顔だ。まあ、実際、先程見ているのだが、ここまで間近ではなかった。

 スンっと音がしたかのように表情が強張る少年。保護者の出現に、慌てた様子もなく手にしていたボールをその場に放って地面に落とすとその場を去る。

「待って、ちょっと君!!」

 史織の声に反応一つ見せない。少年は振り返りもせず校庭の逆側へ走り去り、そのまま校舎裏の方へと姿を消した。

 峻也が地面を転がるボールを手にして、母親を見上げる。

「迎えの時間?今日は早いんだね。」

「峻也・・・今の子が?中田くん?」

「うん。そう。」

「何してたの?」

「ドッチボールしようと思ってボール持ち出して校庭に出たら、あいつがボールを持ってっちゃったから取り返しに来てた。」

 息子の言葉に振り返ってみれば、校庭には、息子以外の低学年の小学生が数人こちらを見て、立ち尽くしている。ラインの代わりなのか、色違いのコーンが六本立ててあった。

 そのコーンの横を通り、学童の職員がこちらに向かって来る。

「・・・ドッヂボールやりたい?」

「うん。今はじめたばっかなんだ。」

「じゃあ、お母さんは先生と少しお話するから、その間、やってていいわよ。」

「よっしゃぁぁ。」

 そう伝えると、息子は他の小学生たちの中へ混じっていき、コーンの隙間なのか真ん中なのかわからない場所でドッチボールを再開した。

「須永さん、こんにちは。お迎えご苦労さまです。」

 その頃になって、やや年配の職員が史織のいる場所へ追いついて来たようだ。

「どうも、お世話になります。」

 軽く会釈をすると、職員の方へ歩み寄った。



 メッセージの着信の音がした。

 この音は、結月からだ。通信相手ごとに着信音を変更したのは、メッセージを見る前に心構えをするためである。

”こんばんは!お元気ですか?お変わりないですか?またお会いしたくてご連絡しました。ご主人の新情報も、ありますよ!”

「・・・新情報・・・?」

”こんばんは。なんとかやってます。新情報って気になりますね。”

 心構えをしたつもりが、動揺のあまりに、指先が震えてうまく文字が打てない。

 現在は以前ほど頻繁にメッセージのやりとりをしなくなった。ランチまたいきましょうね、という社交辞令のメッセージを送って以来だった。その後何度かメッセージが来ていたが、当たり障りないスタンプや短い言葉を返すだけにしていたのだ。


  



 

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