第90話 背の高い少年

 追い越していった影が、先程、職員出入り口そばの茂みに居た男子だとわかったのは、その長身と印象的な黄色のスニーカーのせいだ。 

 今どきの小学生は大きいなぁなどと呑気に考えながら、校舎の出入り口に辿り着くと、自分を見つけたのか、峻也がこちらへ向かって駆けてきた。

「お迎えに来ました。今日はどうだった?」

「面白かった。」

 職員もすぐに出迎えてくれて、

「宿題もやってましたし、工作やったりしてましたよ〜。元気に過ごしてました。」

 愛想よく答えるので史織は安堵した。

 いつぞやの上級生の影響は、今日は無かったらしい。

「じゃあ、帰ろうか。用意してきて。」

「うん。・・・あ」

 峻也が視線を校庭の方へ移して何か言いたげに母親を見た。

「どうしたの。」

「あそこの、北の木陰の鉄棒にぶら下がってる六年生。」

「・・・あの子が、例の?」

「うん。・・・でも。今日は、何もしなかった。」

 そう呟く息子はなんとも複雑そうな顔だ。

 史織も彼の視線の先にいる小学生を見る。一番高い鉄棒に両腕をひっかけてぶら下がっている男子が見えた。

 史織の目が見開く。

 先程の、大きいなと思った小学生ではないか。そして、よく見れば、職員玄関の脇の茂みで女性と一緒に居た小学生と同じ服装だ。茶色の短パンと半袖パーカー。黄色のスニーカーは小学生に人気のメーカーだ。

 遠いことと夕暮れ時のせいか、あまり顔はよくわからない。

「名前なんていうのか知ってる?」

中田佳樹なかたよしき。六年三組だって。」

「ふうん・・・。お母さん、あの子に峻也いじめるなって言ってやりたいんだけど」

「いいよ、そんなことしないで。帰ろ、お腹空いた。」

 荷物も用意して手に持っている息子は、母親の手を引いた。



 リビングでテレビを見ている息子を時折気にしつつ、ジャガイモの皮を剥く。一口大に切って人参と形を揃え、玉ねぎの入っているフライパンへ入れた。

 冷蔵庫から肉を取り出してパックから出し、軽く下味を付けてフライパンへ。

「お母さん、今夜、もしかしてカレーかな?」

「よくわかるね。そうだよ、今夜はカレーライス。」

「やったー!肉いっぱい入れてね!」

「いっぱい入れるわよ。」

 にく、にく、と嬉しそうに口ずさむ峻也は、テレビを見ていることも忘れ、キッチンへ歩み寄ってきた。

「お父さんも早く帰ってくればいいのにね。」

「・・・そうだね。そしたら一緒に食べられるものね。」

 帰宅が遅い夫を恋しがっているのか、息子は冴えない表情だ。

「今度の土日にはどこか一緒に連れてってもらいましょう。プールとか、ショッピングセンターとか。」

「うんっ!!」

 母親の提案に無邪気に喜んだ息子は、再び弾む足取りになってリビングへ戻っていく。テレビの続きを見るのだろう。

 小さく息をついた史織は、今日、小学校で見た光景の事を思い出した。




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