第89話 見当

 先程の二人が気になるけれども、いつまでも職員用出入り口に居座るわけにも行かない。下手に首を突っ込んで巻き込まれるのも御免だ。すでに、史織の精神はキャパオーバーというくらいに飽和状態で、何一つ受け入れる余裕など無いのだから。

 学童のある校舎へ向かって早足で歩いていると、また、メッセージが届いたことに気がついた。職場のリーダーからである。最近、メッセージアプリでつながることにしたのだ。

”また、例のクレームの投書が来てるよ。どういうことなんだか、さっぱりだ。”

”営業時間中、あれから一度も店舗の中にわたしは顔出してないんですけど。”

”嫌がらせかな。きみ、心当たりあるの?”

”まったくないですね。どうしたものでしょうか。まさか、わたし辞めさせられちゃうんでしょうか。”

”うーん、それはないと思うんだけど。噂が立ってるとか、風評被害になったりとか、そういうのではないからね。ただ、投書が来てるってだけで。”

 そこまでやり取りをして、スマホをしまった。

 リーダーにはああ答えたけれど、本当は少しだけ心当たりが有った。

 史織はこの職場へのクレームも、例の不倫相手(仮、とする。確定ではないから)からの嫌がらせの一種ではないかと思った。

 いまだはっきりしない夫の不倫相手(仮)の目的としてはっきりしているのは、史織を追い詰めることだ。なぜそうするのか、なんのためなのかははっきりしない。ただ史織を、あるいは史織の三人の家庭を壊して史織を追い詰めようとしている。

 佐島は言った。結果として、史織がいつもいちばん苦しむ形になっているのは、なんらかの意図を感じると。その意図がなんなのかまでは、相手の正体がはっきりしていないからわからないけれど。

 ”探偵さん”は様々な指示やアドバイスをくれた。ただ、必ず一言最後に付け足すのは、

「最終的にどうするかは、ご本人が決めてください。自分ができるのは提案すること。そして、その上での判断で決められた指示に従うだけです。」

 という言葉だ。

 それは、心療内科で言われた言葉に似ていて、妙に心に響く。

『あなた自身がどうしたいと思っているのかが見えなくなってるだけなんですよ。』

 学童の校舎にたどり着く。

 他の保護者が迎えに来ているのが見える。その保護者へ向かっていく子供たちが見える。手を繋いで帰途につくのが見える。

 史織がしたいのは、家族を守ること。 

 相手は、あの結月なのかどうかもわからないけれど。直接本人に聞けたらどんなにか楽だろうと何度も思った。けれど、それは得策ではないと佐島に言われた。今はまだ泳がせるのがいいと。けれど、聞くのか泳がせるかを決めるのは、結局史織自身だ。

 峻也を迎えに行くために足を速める。

 ふと、誰かが走って自分を追い越していったのがわかった。素早くて軽快な走りっぷりは間違いなく小学生だろう。


 

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