第88話 密会

 その日はたまたま少し早めに学童へ迎えに行くことが出来た。予定の時間より早く迎えに行ってもいいのだが、史織はトイレを我慢していたので、学校のトイレを借りようかと慌てて隣接する小学校の職員用トイレへ足を速めていた。

「すみません、おトイレ貸して頂けませんか。在校生の親なんですけど、ちょっと緊急事態で。」

 恥をしのんで職員かと思われる若い女性に尋ねると、

「こちらの裏側に職員専用出入り口がありますから、そちらからどうぞ。入ってすぐ右手に有りますよ。」

 優しく教えてくれた。

 見覚えの有る顔だから、多分教師なのだろう。ジャージ姿に首にぶら下げた笛と抱えたタブレット。若くて小柄な先生だが、高学年の担当だろうか。

 校舎裏の方へまわると確かに児童の姿が見えない。職員や客用の出入り口なのだろう。夕方とは言え、夏だからまだ明るいが、さすがに陽が傾いている。

 職員専用と書かれたプレートのある小さな出入り口が見つかった。助かったと思いそこから入ろうとすると、視界の隅を誰かが横切った。どこかで見たような気がしたが、今はとにかく緊急事態。トイレに行くほうが先決だ。

 無事に用を足して職員専用出入り口から出ようと、靴を履き直す。

 すると、ふと右手の茂みの向こうで人影が動いたことに気づく。

 先程の先生だろうか、若い女性らしい影。小学生にしてはすらっと背の高い男の子が並んで立っていた。

 ぼそぼそと聞こえる話し声に、思わず聞き耳を立ててしまった。

「・・・いくら、・・・くれたから・・・・そう、それで・・・」

「あまり・・・だったら、次は・・・円くらい・・・うん・・・」

 教師が人目につかない場所へ児童を呼び出して説教をしている、ようにはとても見えない。

 しかも、はっきりとは見えなかったが、女性から男子へ、二、三枚の札を手渡しているように見えた。小遣いを手渡しているかのようだ。

 どうも胡散臭い感じがする。

 ここにいていいことはない。そんな気がして、史織はさっさと靴を履いた。

 どうみても母親という風情ではない若い女性は、ジャージ姿ではなかったから、先程職員用トイレを教えてくれた教師ではないだろう。

 後ろ姿しか見えないので顔はわからない。薄いシフォンの袖が目立つブラウスにタイトスカート。髪はセミロングくらいか。

 男子の方も顔はわからないが、身長は女性と変わらない。160センチくらいはあるだろうか。小学生にしては大きいほうだ。

「・・・じゃあ、また、たのむ・・・ね。」

「・・・わか・・・やる・・・」

 会話はハッキリ聞こえない。

 史織もその場をさっさと立ち去ればいいのに、何故か茂みの影に隠れた二人連れが妙に気になってしまった。


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