第85話 短い応え
「お久しぶりですね!お会いできて嬉しいです。ちっともお会い出来なくて寂しかったぁ。お元気でしたか?」
柔らかそうなショートボブの彼女は、相変わらず全くスキのない愛されファッションだった。それをしみじみと眺めてから、史織は我が身を省みる。
子育てと家事に忙殺された自分の姿は、目の前の結月の十分の1でも己の外見に頓着出来ているだろうかと考えてしまった。当然ながら答えは否だ。
元来ファッション雑誌から飛び出してきたような服装とは無縁の史織ではあったけれど、独身の頃には、彼女のなりのこだわりが有ったのだ。化粧の仕方も、結月とは違うけれど、自分の好きなメーカーくらいはあった。
そう考えてみると、まるで見せつけるような外見の結月だ。独身を謳歌していると宣言しているかのような華々しい外見が、なんだか鼻につくように思えてならなかった。
「ドタキャンとかしちゃってごめんなさいね。色々あってね。また色々愚痴を聞いてもらわなくちゃならないかもしれないです。」
にこやかに応じながらも、もう、以前のような気持ちで結月を見ることはない。だからだろうか、こんなにも彼女の美しさがやたらと気になってしまう。前は、それを純粋に羨ましいと思っていたのに。
「ご主人の須永さんはお変わりなくお勤めですよ。ほんと、真面目な方ですよね。お子さんはお元気ですか?夏休みで退屈してたりしませんか?」
ランチタイムに混み合うカフェなので手早く日替わり定食をウェイターに頼むと、結月は身を乗り出して話し始めた。
「うん・・・子供のこともね。学童に行かせてるんだけどなんだか揉めているみたいで。休ませたりして、様子を見てる。」
余り具体的には話さないように留意して、史織は当たり障りなく答えた。
「揉めてる?子供同士にも人間関係って複雑なものがありますもんね〜。」
心配そうに眉根を寄せた結月は、テーブルの上の水が入ったグラスへ手を伸ばす。
「あなたの甥っ子さんも同じ小学校だったかと思ったんだけど、そちらは問題ないみたい?もう大きいから、そんなのないかな?」
「あっはっは。特に何か聞いたことはないですね。六年生ともなると親にも余り話とかしないんじゃないですか。反抗期とか、始まりますしね。」
「学童行ってたりしないの?ご両親働いてらっしゃるんでしょう?」
「さあ。」
結月は短く言うと、まるでその話題はそこまでだとでも言う風に、会話を切り上げた。
「あ、ほら、ランチが来ましたよ。」
そう言ってウェイターが運んでいた料理に視線を注いでいる。
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