第84話 クレーム

 佐島はハードディスクのデータを自分で確かめたいと言って監視カメラの映像を持ち帰るそうだ。そして、彼は史織にいくつかの提案をして、須永家を辞した。

 彼の話は、とても恐ろしかったけれど、怖がってばかりはいられない。それに、探偵は、その怖い話を余りにもこともなげに語るから。

「そこら中にありふれた話です。盗聴も、不倫も、家宅侵入もね。重要なのは、それを知った後の対処ですよ。」

 小柄で穏やかそうなこの男の、妙に肝のすわった様子が史織を冷静にさせた。

 第三者が味方になるというのは、こんなにも、客観的になれるのか。

 全面的に信用すると決めたのだからもう引き返せない。

 自分と息子のお昼をキッチンで作りながら、探偵の言葉を心の中で反芻した。心に刺さる言葉、というよりは、むしろ頭に刺さる。頭を冷やす。

 そして明日には、結月と一緒にランチをする約束をしていた。彼女が不倫の黒幕なのか、それともただの夫の同僚なのかを、見極める。

 夫を問いただせば速いのだろうけれどもう、その必要もないだろう。余計なことを言って喧嘩するのももう嫌だった。それに、本当のことを言うとは限らない。嘘をつける人ではないが、何も言わないことはあり得るのだ。

 スマホが着信音を鳴らした。

 手を拭って、手に取ると、職場からだった。今日はシフト休みのはずだったのだが。すかさずかけ直すと、上司に当たるグループリーダーが応じた。

「実は、お客様からのクレームが入ったんだ。須永さんを名指しで。」

「はあぁ!?」

 余りに驚いて、スマホに向かって大声を出してしまった。

 確かに史織は販売店で働いている。客と接する機会がゼロではない。が、限りなく少ないのだ。史織の仕事はほとんど裏方で、商品管理がメインの仕事だ。

 電話口の上司も、なんだか困惑したような声だった。

「君、お客様となんかトラブルでもあったのかい?」

「いえ、少なくともここ数週間はほとんど店舗に出ることはなかったはずですけど。」

「・・・おっかしいな。君が店内でサボってスマホをいじりながら客と長いこと喋っていたとか。そんな内容の投書があったんだよ。勤務中、スマホは持ち出せないはずだろ?そもそも店舗の中に君が入ることも稀なのに。」

「差出人は」

「匿名だったんだけどね。」

 まあ、そうだろう。

 そうだろうけど、店舗に須永史織という従業員がいる事自体を客が知っているのさえあやしいはずだ。一応名札は付けているけれど、客がいる時間帯に店内に入ることは殆どないのだから。

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