第81話 メモ帳

 母親としてこれは見過ごせないことだった。

 なんの非もない息子が理由もなくいじめられているなど、絶対に許せない。

「いったい、その上級生というのはどういう子なんですか。」

 さすがに怒りを隠せず学童の職員に尋ねると、

「なんというか、どちらかといえば面倒見のよい子だったんですけどね。六年生になっても学童に通う子って学童のことが楽しい子がほとんどで。大きくなると小学生と言っても留守番も出来るし塾や習い事に行くようになって、人数がぐっと減るんです。だから、彼もどちらかと言えば、ここが楽しくて来ていて、低学年の面倒なんかも見てくれたりしてたんですが・・・。」

 本当に困った様子で答えてくれた。

「お母さん、もう、帰ろうよ。」

「峻也、でも、ちゃんと事情を聞かないと。」

「もういいよ。帰ろう。」

 峻也が史織のハンドバッグのベルトを引っ張って、帰りたいと主張する。

 この場に居たくないのだろう。

「本当にすみません。今後はこういうことがないように、本当に気をつけます。」

 まだ若い職員が深く頭を下げた。

 それで史織の怒りが収まるわけではないが、峻也が帰りたがっているのは確かだ。それを無視するわけにもいかなかった。



 

 その夜に夫が帰宅した時間は深夜になっていた。夜遅くなっても夫に相談したいと思っていたので、起きて夫を待っていた。

 疲れた顔の夫に気を使わせるのは気が引けたけれど、峻也のことが可愛いのは夫も同じなのだから言わないほうが悪いだろう。史織は、夫にお茶漬けを振る舞ってから学童でのことを夫の洋輝に話す。

 夫も父親として心配になったのだろう。

「無理して行かなくてもいいんじゃないか。峻也だって、留守番くらい出来るんだし。いやな上級生のいるところに好き好んで通わなくても。」

「それは、そうなんだけど。でも、ずっとうちにいるってのも、かわいそうで。」

「本人はどうなんだ、行きたくないって言ってるのか?」

「明日も行く、とは言ってるけど。乗り気には思えない。わたしに気を使ってるのかもしれないし。」

「んー・・・困ったな。」

「あと、もう一つ、話したいことが有るの。」

「ん?」

 ダイニングに置いておいたメモ帳を、ひらりと持ち上げる。

 そのメモを見せられた洋輝は、目を見開いた。そして、ぱくぱくと、餌を求める魚のように口を動かす。



 

  

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