第79話 お話だけでも。

 浮気調査をしてもいいと許可した理由として考えられるのは、

「まず、本当にしてない。」

 うんうん、と史織が頷いた。

「もしくは、してたけど、もう完全に切れてる。だから証拠を掴みようがない。」

 頷いていた顔が一瞬止まる。だが、また静かに頷く。

「最後に、しているけど巧妙に隠していて、まず探偵ごときには調べられないだろうという自信が有る場合。」

 三本の指を順番に折っていった佐島は、やがてその手を引っ込めた。

 依頼人の表情がすっと固まってしまったからだ。

「あの、どうする?やめますか?今ならまだやめられるよ?」

 相手の反応が心配になったのか、調査を取りやめようかという提案する。

「いえ。お願いします。・・・なんていうか、いろいろ不可解なことが多くて、とにかくはっきりした情報がほしいんです。」

「んー、・・・例えば、奥さんは旦那さんのスマホとか覗けないの?だいたい、そっからバレることが多いんだけど。メッセージやメールのやりとりとかさ。」

「それが、スマホを奪われてしまったらしくて。」

 佐島はなんとも呆れたような、それでいて驚いたような顔を見せる。

 天パと思われる髪の毛をがしがしと掻き、気を取り直したようにもう一度顔を依頼人の方へ向ける。

「え、不倫相手に取られたってことですか?」

「盗まれた、みたいなことを夫は言ってるんです。でも、確証がないから返してとも言えないらしくて。でも、夫は間違いなくその女性が盗んだんじゃないかって言って。紛失届も出すのをやめてしまっていて。」

「え、あの、ちょっと、奥さん。話がとても見えないんだけど。なんていうか、こういうの初めて聞くパターンかもしれない。」

 そう言って丸い眼鏡のフレームを指先で押さえる。


 鶴田に教えてもらった”探偵さん”に電話をしたところ、電話口に最初に出てきたのは奥さんだったらしい。実に鷹揚な雰囲気の女性の声だったと思う。

 電話口を変わって出てきた男性の声は実に野太く野性味溢れる印象だった。ちょっと強面こわもてな人をイメージしていたのだが。

 とりあえず話をしようと会ってみたら、小柄な人で神経質そうな感じだった。

「佐島耕介と言います。本業は物書きなんです。なので、探偵業はあくまで副業なもんで、いつも営業中というわけでもないんですが。」

「はじめまして。須永史織と申します。」

 指定された喫茶店は、自分の済んでいる街にこんな店があったのか。と思うほどにアンティークな、昭和感のある珈琲専門店だった。佐島から場所を教えてもらわなければ辿り着けなかっただろう。  




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