第77話 自分のペースで

「ごめんね。このあいだは、興奮しちゃって。」

「・・・俺も短気だった。」

 リビングのテーブルには、アイスコーヒーが2つ乗っている。

「わたし、あまりにも色々な出来事が重なってしまっておかしくなっていたんだと思う。洋輝にあたってしまって、本当に申し訳なかった。ごめんなさい。」

 軽くではあるが言いながら頭を下げる。

 史織の声は平静で落ち着いていた。その表情も硬くはあったが、焦燥感はない。

 そんな妻に相対して、洋輝も相手の謝罪を素直に受け入れた。

「うん、わかった。俺も余裕がなかったよ。」

 水滴のついたマグカップを手にとって、アイスコーヒーに口を付けた。

「よかった。それでね。・・・洋輝がどうしても言えないということは言わなくていい。洋輝にだって会社での立場があるもんね。だから、わたしに言えることだけでいいから、嘘はつかないで教えて欲しいの。言えないって言ってくれればそれでいいから。あなたは嘘はつかない人。信じるから、ちゃんと質問に答えてくれる?」



 翌朝、出勤前に史織は結月にメッセージを送る。一緒にランチをする約束を取り付けるためだ。向こうも働いているからすぐには返事が来ないだろうけれど、焦ることもなかった。

「峻也、じゃあお母さん仕事行ってくるわね。」

「いってらっしゃい。」

 今朝はちゃんと早く起きて母親を見送る。20分ほど前には父親の洋輝が家を出るのを見送った。

 早起きできて偉いね、と洋輝が褒めると、息子は嬉しそうにはにかんでいた。

 けれども、学童を休んで三日目ともなると、そろそろ峻也も退屈してきたのではないかと思う。ずっと家に閉じこもっているのはつまらないだろう。

「もしかしてそろそろ、学童行きたいかな?うちにいるのつまらなくなった?」

 玄関先で靴を履きながら息子に聞くと、

「ん〜、今週は、もういいや。」

 頭をガリガリと掻きながら、峻也は答えた。

 今週は、ということは、来週は行きたい、ということだろう。やはり退屈してきたらしい。無理もないことだ。

「じゃあ来週は行けるよう考えようか。」

「うん。」

 上級生からのいじめらしい行動が再び起こったら、と思うと心配だけれど。

 それに負けるような子じゃないと、思いたい母だった。

 


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