第75話 矛盾とナイショ
大崎という医師の相槌はあまりにもラフというか、馴れ馴れしいというか。医師らしくないということだけは史織にもわかった。
「それで、奥さんはご主人の不貞を疑っていて、証拠が取れないと?」
「いえ・・・疑う、というか。今は、夫のことも何もかも信頼できない、というか。」
「うん、なるほど。つまりは、今、奥さんは孤独を感じてらっしゃる。」
「そうと言えば・・・そうかもしれないですね。」
眼の前に腰を下ろしている男は、小さく息をついた。いい加減そうに見えながらも、こまめにメモを取っているようでペンは絶えず動いている。
やがてレポート用紙に書き出した内容をもう一度書き出し、試行錯誤をしているのかのように首をひねった。それからまた、さらさらと書いている。
「何をどうすればいいのか、もうわからなくなってしまって。」
医師の動き続けるペン先を見つめつつ史織が付け足した。
「奥さん、・・・んーと、須永さん。今俺は言われたことを書き出してみたんだけどね、あなたの周囲で起こっていることの全ては、全部あなたに向かっている気がするんだけど、当事者って必ずそう思うもんなんです。だって、本人だからね。もしかしたらただの偶然かもしれないような出来事も、たまたまタイミング悪くあなたに被害が及んだだけかもしれない。空き巣の件とか、お子さんのいじめとかは全く関係ないかもしれないでしょ?」
「・・・そう思いました。だから、最初は運が悪いだけだって。」
「ただ、そういうことの重なりであなたの心が参っているのは確かなようです。」
きょとんと目を見開いた。
史織は、ボサボサ頭の医師をの方を呆然と見つめる。
そうか。心が、参っているのか。
「だからね、須永さん。あなた自身がどうしたいと思っているのかが見えなくなってるだけなんですよ。」
病院のエントランスへ戻ると、案内をしてくれた受付嬢が寄ってきた。
「はいどうぞ、これ。」
書類の入ったクリアファイルを手渡され、それと受付嬢の顔を史織の視線が往復する。
「次回の予約票です。事前に予約の電話を入れてくださいね。次は、ちゃんとした先生が診てくださいますから。」
「ちゃんとした・・・?じゃあ、今日の先生は?」
「インターンです。」
「は!?」
「あまりにも須永さんの様子がヤバそうだったんで、これはすぐにどうにかしないと、と思ったので緊急処置です。・・・ナイショですよ。時々いるんですよ、夢遊病者みたいにフラフラ来ちゃう患者さん。でも、とりあえず吐き出せばちょっとスッキリするでしょ?こんなの勝手にやっていいことじゃないんでマジでナイショにしてくださいね。」
「・・・そんなに、わたし変でしたか?」
「目の焦点があってないみたいだし、おかしかったです。でも、今はすこしスッキリしてる。だって、今、いろいろと矛盾に気付いているでしょ?事前予約なしじゃ普通はかかれない心療内科なのに、飛び込みで受診っておかしいとか。受付嬢が医師の部屋まで徒歩で案内するとか。」
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