第74話 心療内科??

 名前を呼ばれたのはそれからほんの5分ほど経った後だった。

 先程の受付嬢がやってきて、受付票を手渡し、史織を連れて院内を歩き始める。もしかして、案内してくれているのか。

「あ、あの、場所を教えて頂けるのなら自分で・・・」

 さすがに申し訳ないと思い、史織が声をかけると、

「初めて来院される患者様には辿り着けないですから。少し歩きますよ。」

 受付嬢は優しく応じて、そのまま歩みを止めない。

 仕方なくその後を追いかけるしかなかった。


 総合病院なので広いのはわかっていたが、廊下を歩き階段を上りエレベーターにも乗りいくつもの扉を通ってたどり着いたこの場所までは、病人には長い道のりだった。本当に病んでいる人が、こんな長い距離歩けるのだろうかと疑問に思うくらいだ。

 受付嬢がその扉をノックすると、すぐに扉が開いた。

「失礼します。お連れしました。」

 史織に入室を促すと、彼女はすぐに廊下へ出てしまう。そして、そのまま軽く頭を下げるなり扉を締めて出ていってしまった。

 西側の突き当りと思われるその部屋は、大きな窓から西日が指していてとてもまぶしかった。逆光になっているせいか、そこに立っている人間の様子がよく見えない。

「こんにちは。受付票、よろしいですか。」

 おっとりとした落ち着きのある低い声。

「は、はい。」

 さっき受付嬢から受け取った受付票を差し出した。近づけば、部屋の主の姿がようやくはっきりと見えてくる。

 白衣を着てはいるけれど、おおよそ医者には見えないタイプの男だった。ボサボサの頭髪に白衣の下はTシャツだ。更に下半身は色のあせたデニムに見える。

 受付票を見てから上げた顔には黒縁の眼鏡。妙に日焼けしている肌が白衣に浮き立っていた。

「大崎と言います。お話をうかがいましょうか。どうぞお座りください。」

「は、はい。・・・須永史織です。よろしくおねがいします。」

 会議室に置かれているようなテーブルとパイプ椅子。広い部屋にはなんだか不釣り合いなような、似合っているような。壁には書棚が並んでいた。

 テーブルに向かい合って腰を下ろすと、その男は受付票の隣にレポート用紙のような紙片をテーブルの上に置きボールペンをその上に放る。

「えーと、奥さん、でいいんですよね。お子さんはいらっしゃる?」

「ええ。一人。」

「んで、お悩みはご主人のこととか?あるいはお仕事や子育て?」

 心療内科にかかるのは初めてなのでよくわからないが。

 こんなふうに始まるものなのだろうかと疑問に思いながら、史織は口を開いた。




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