第73話 病院へ

 疑心暗鬼。その言葉がまさにピタリとくる。

 誰も信じられない。

 夫の洋輝も、結月も、・・・もう、自分の感覚でさえ。

 ”誰のことも信じられないのなら、何も知らない人に頼るのも、一つの手だと思うよ。なんの先入観も予備知識もない人に、客観的に分析してもらうって大事だから。あと、弁護士さんとか頼るのも有りだね。法テラスという方法があるらしくて、支払いを月賦でできるんだって。”

 鶴田の言葉が何度も頭の中を回る。

 なんだろう。鶴田が自分にこんな提案をして、何か得があるのだろうか。有るわけがない。弁護士や探偵に彼女が紹介料としてリベートでも貰うかと言ったら、あまり現実味のない話だ。聞いたこともない。だって彼女は提案をしただけで、勧誘をしているわけではないし、最後に決めるのは本人だと、はっきりいい切っている。


 何もかもが信じられなくなってしまった史織がたどり着いたのは、心療内科のある総合病院だった。以前、耳鼻科にかかった時に紹介状を書いてもらっている。耳鼻科の時は結月に付き添ってもらっていたけれど、今日は夢遊病者のようにふらふらとやってきたので、予約も何もないままだった。

 ぼんやりと立ち止まったまま、その場で硬直する。

 大きな総合病院だ。人の出入りも多い。そんな病院のエントランスで待合の椅子にも座らず総合案内の傍らに立ち尽くす。こんな邪魔なものはないだろう。

 けれどもどうしていいのかわからないのだ。足が一歩も動かない。

 見かねた人が一人、傍に寄ってきた。

「失礼ですが、どうかなさいましたか。」

 案内受付の若い女性だ。こんなところに立ち止まった自分が邪魔なのだろう。

「すみません、すぐに退きます。」

 反射的にそう口にし、飛び退くようにその場を退いた。

 しかし女性は身を引いた史織の後を追ってきて、もう一度声をかける。

「どこかお悪いのでしょうか?紹介状はお持ちですか?」

「え、あ、・・・そういえば、ハイ。」

 バッグに入れっぱなしの紹介状を、のろのろと取り出した。

 ここまで来ておいて用がないとは言えず、その封書を女性に手渡したが、予約をしないと診療してもらえないことは耳鼻科で聞いていたので、今日は帰るしかないと思っていた。最近は心療内科を受診する人が増えていると聞く。混み合っているのだろう。

 紹介状を見てからもう一度女性は史織の顔を見つめる。なんだかやけに長い間見つめていた。

「では、そちらの椅子にかけてお待ちください。」

 そう言って、受付席に戻りどこかへ電話を掛ける。

 促されるままに待合の椅子に腰を下ろしたが、受付嬢に余計な仕事をさせてしまったな、などと他人事のように考えていた。

 

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