第71話 気付き
「やだなー、何言ってるんですか。結月さんは息子を助けてくれたんです。それからの縁ですよ。」
「だよねー。」
鶴田の指摘を、気軽に流した。
いつもの社食の喧騒が、やけに耳に入る。
史織が割り箸を割ってうどんの丼に箸先を突っ込んだ。同僚も、お弁当のおかずを手に付け始める。
そうだ。
だって、仮に、結月が夫の不貞相手としたならば、何故身分を明かして史織に近づいたというのだ。意味がわからない。
いわゆる匂わせという行動と言うには、余りにもおかしい。休日を返上してまで、夫と子供の行動を報告してくれたり、何度も相談に乗ってくれたりするだろうか。
けれども何度かは、もしやと疑ったことは有った。
そして、その度にその疑いを払拭してきたのだ。彼女の行動の説明がつかないから。
そう考えてから、既視感のようなものを覚えた。
うどんを口に入れてから、そのおかしな感覚に、飲み込むのを忘れる。
だらしなく口から麺をぶら下げたまま、何故、既視感のようなものがあるのかを考える。行儀が悪いなどということなど念頭から消えていた。
そうだ。
何故、こんなことをするのか、理由がわからない。
夫の言っている説明も、理屈がどこか通らない。
夫が言っていた、迫られたという派遣社員の女性の行動も、説明がつかない。
わからないことばかりなのだ。
だけど。
結月がもしも、夫の不貞の相手だとすれば説明がつかない行動がある。
だが、そもそも、説明のつかないことばかりではないか。
犯人の目的がわからない。原因がわからない。
ただ、共通しているのは。
とにかく、史織の不安を煽るということ。
意味不明のメールも、ピアスも、口紅も。手紙も写真も、夫の説明も。もしかしたら、トマトの苗も。まさか、空き巣でさえも。
「どうしたの、うどんに何か入ってた?」
鶴田が訝しんで様子を尋ねる。
突然目の前の同僚の箸が止まったので、不思議に思ったのだろう。しかも、不自然なことに、麺を口に入れたままなのだ。
はっとして、慌てて口元を隠し、食事を再開する。
麺の味など、わからないけれど、とりあえず咀嚼して、飲み込む。
ふと、視線を上げて同僚を見る。
鶴田が、ん?という顔で見つめ返してきた。
そう言えば、いつだって鶴田だけは第三者としての意見だった。客観的に彼女が感じたまま、思ったままを、史織に伝えてくれていた。自分の意見を言うときは、あくまで彼女の意見として述べただけで、何かを決めつけてくることは一度もなかった。
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