第69話 泣ける話

 痛いところをつかれて黙り込む。

「あ、ごめんね。もちろん、須永さんがきっと息子ちゃんに影響がないように気をつけてるだろうってことはわかってるよ。でも、ね、子供って、そういうもんだからさ。大人がどんなに取り繕っても、気付くときは気付いちゃう。」

 思い詰めているのが表情に出ていたのだろう、史織の顔を見て、慌てたように鶴田が付け足した。

「そう、ですよ、ね・・・。わたしは、峻也にひどいことを」

「いやいや、してないからね。須永さんが悪いなんて、一言も言ってないから。そうじゃなくてね、子供は嫌でも影響を受けちゃうから、よくよくフォローしてやってねって話。」

「それは、鶴田さんの経験上、言えるってこと?」

 今度は鶴田のほうが沈黙する番だった。

 黙って史織を見つめ返す同僚の表情は、なんとも言えない複雑なものだ。

 やがて、鶴田は細く長い息を吐いた。

「他に何があるって言うの。」



 馬鹿なことを言ってしまっただろうか。

 確かに鶴田の言う通り他に有るはずもないだろう。そこらで聞きかじったことを平気で述べるほど、彼女の口は軽いものではないと知っている。

「ごめんなさい。・・・余計なこと。」

「いいよ。実際、うちそうだったし。離婚が決まってからのほうがむしろ落ち着いたくらいだもの。隠してても、やっぱ、子供にはなんとなく伝わってしまってるんだよね。はっきり伝えると傷つけると思ってたけど、そうとばかりも限らなかった。」

「え・・・」

「『お母さんが何も言ってくれないことが辛かったんだ。』って長女に言われたときは、泣けたわ。」

 その言葉には衝撃を受けた。

 史織が無意識に自分の心臓の当たりを両手でつかむ。

「それは、本当に・・・?」

「そうよ〜。当時の長女ったらまだ6歳よ?もう、可哀想で可哀想で。」

 想像するだけでも辛い。

 史織は鶴田の子供と面識はないが、それでも考えただけでも悲しくなった。そんな小さな女の子の悲痛な叫びに、母親の胸は張り裂けそうだっただろう。

 峻也もそうなのだろうか。

 彼もまた、自分だけが蚊帳の外のような気持ちで孤独だと感じてしまっているのだろうか。それで、揉め事が起こっているのか。

 しかし、学童の先生の話では、息子に非はない口調だった。悪いのは上級生のほうだと、先生からみてもそう思えたのだ。情緒不安定なのは峻也ではなく、その上級生の方なのではないだろうか。

 

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