第67話 お留守番

 翌朝は、お互いに一言も口を聞かなかった。

 峻也が学童を休むために寝室で寝坊している。そのことについて、ずっと何かを聞きたそうにしていた洋輝だったが、結局何も言わずに出勤していく。

 大事な息子のことさえも聞こうとせず、気不味いままで家を出ていった夫のことが益々許せない。気になるのなら言えばいいのに、昨夜の不機嫌を引きずっている夫の幼稚さが本当に苛立たしい。そう思ってからすぐに、自分も同じだと、自嘲する。

 信頼を取り戻したつもりだったのに、全てが崩れた気がした。

 息子が食べる昼食を用意して、メモをテーブルの上に置いた。

 よく眠っている息子を、起こすのは忍びないけれど、さすがに何言わずに出かけるわけには行かない。

 息子の部屋を覗き込んで、寝息を立てる姿に、思わずホッとする。

「おはよう峻也。お母さん仕事行くから、お留守番頼むわね。」

 声をかけると、息子はむくりと起き上がった。

 寝ぼけ眼で周囲を見回して、母親の姿を見て立ち上がる。

「おかーさん・・・虫、平気?」

 昨夜の事を思い出したのだろう。

 優しい子だ。

「追い出しちゃったから全然平気よ、もういないわ。お昼テーブルの上に置いたからね。学童には休みの連絡したから、宿題しておうちにいてね。」

「うん・・・ゲームしていい?」

「今日の分の宿題が済んだらね。」

「ん。わかった。いってらっしゃい。」

 パジャマのままでぼーっとしているが、ちゃんと話は聞いているのだろう。

 史織は安心して、玄関を出た。

 玄関を出てから自分のスマホで、メッセージを送る。

”おはよう。何度もごめんね。また、相談に乗ってくれる?”

 勿論、送り先は、結月だ。



 不機嫌のまま、会社に到着した洋輝は居室に入った。

 まだ始業時間ではないが、すでにほとんどの社員が出社して自分の席に座っている。事務の女性たちが座る一角へ、思わず目をやった。すでに女子の社員は、派遣の子達も含めて出社している。

 ショートボブの私服の彼女は、席に座ってスマホを眺めていた。何か嬉しいメッセージでも受診したのか、その表情がほころんだ。眩しいような笑顔。

 可愛らしくて人懐こくて、明るい彼女が、あんなことをしていたなんてとても信じられない。何かの間違いじゃないか。どうしても、そう思ってしまう。

 ずっと視線で追いかけてしまったせいか、向こうが気がついた。なんとも意味有りげに洋輝の方を見返して、微笑んだ。

 洋輝はどう反応していいかわからず、ただ、視線を逸らすだけだった。



 




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