第66話 信じられない

「信じられない。もう、何も。」

 俯いた史織は、低く呟いた。

「・・・え?」

「そうやってその子を庇うんだ。わたしがどんだけ精神的にやられているかを知っていて、あなたは何もしようとしない。会社でのその子の立場やあなたの立場がそんなに大事なんだね。」

「何もしてないわけじゃないだろ。ちゃんと」

「ちゃんと、何?」

「何もかも白状したじゃんか。何が起こったかも、スマホを無くしたことも、全部何もかも正直に史織に喋ったよ?どうして?何が信じられないの?」

「警察沙汰って言ったよね?盗むってことは犯罪じゃないの?なのに、洋輝はその子を庇うんでしょ。会社で警察沙汰を起こすのがイヤだから。紛失届だって取り消したのは、そうなるのが怖いからなんでしょ!」

「・・・そ、それは」

 洋輝は言い返す言葉がない。

 おおごとにしたくないのだ。職場で事を大きくして、揉めたり問題になったりするのが怖いのだ。なにしろ、洋輝は営業だし、相手が派遣の子となれば対外関係も心配になる。なんとか穏便にことを納めたいと思うのは仕方のないことだ。けれど、それは、史織にとっては我が身可愛さに、あるいは相手の子可愛さに保身に走り、配偶者である自分をないがしろにしている行為に思える。

「もういいよ。・・・もう、本当に、信じられない。」

 信用しようと思った。

 何度か話し合って、洋輝のことを信頼しようと。頼りにしようとした。好きだから。洋輝のことが大好きだから。愛しているから、だから、何もかも話してほしくて、全てを共有して、二人で、立ち向かっていこうと、そう思って気力を振り絞ってきたのに。

 洋輝が立ち上がった。舌打ちをした音が聞こえた。

 はっとして夫を見上げる。

「勝手にしろ!!俺だって、精一杯やってんだよ!!」

 夫が吐き捨てるように言ってそのままリビングを出ていった。

 行った先は風呂場だろう。乱暴に脱衣場のドアを閉める音が響く。夜中だと言うのに。

「うっ・・・うう〜・・・」

 リビングの床に泣き伏した史織は、冷静さを失っていた。

 そして、おそらくは、洋輝も。




 



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