第59話 レトロな音
「まあ、そんなことがあったんですか!」
お昼休みに会社を抜けてきてくれた結月はとても驚いていた。
アイスコーヒーにシロップを入れながら、彼女は目を丸くした。
困ったように人差し指を口元に持っていった史織は、周囲を気にして周りを見た。
「結月さん、声が大きい・・・。」
昼休みのカフェテリアは混雑している。大声を出したら注目されてしまうではないか。誰もが好奇の目でこちらを見るので、恥ずかしかった。
「あ、ごめんなさい。でも、それってあやしくないですか?」
「あやしいって、何が?」
「だって、ご主人が本当のことを言ってるとは限らないですよ。浮気しているから、奥さんに怒られないように適当に言っているんじゃないですか?」
史織の顔色が変わる。コーヒーカップの中身をスプーンでかき混ぜていた手が止まった。
「メール、手紙、写真、ピアス、口紅・・・どれをとっても不倫相手の匂わせ行動ですよ。これだけ証拠が揃ってるのに、まだご主人を信じるなんて。史織さんは、本当に優しいですね。」
「え・・・」
同情と親切心の塊と言った顔でそう告げた結月だったが、次の瞬間、再び目を剥いた。
眼の前の女性が、なんとも言えないほどに悲しそうな顔をしていたのだ。
しかも、それは、夫の不倫が悲しいと言う表情ではない。
史織は夫の悪口を言われて悲しいのだ。
「・・・わたしは、洋輝を信じたら駄目なの?自分の夫なのに?」
「だって、これだけの」
「でも、あの写真も裁判では証拠能力はないって聞いた。夫自身も、絶対に違うって言ってる。だから、こんなことをする相手の意図が知りたい。結月さんは知ってるんでしょ?同じ職場だもの、派遣の女性ってどんな人なの?」
結月に向かって率直に質問をする。
今日はそのために来たのだ。
夫の不貞を暴く手伝いを頼むために来たのではない。
自分と家族を守るために敵を知りたいと思って、情報収集に来たのだ。
史織は、テーブルの上の飲み物には手を付けること無く、隣の椅子に置いていあったハンドバッグから、自身のスマホを取り出した。
「それと、主人がスマホを無くしたって言うの。もしも職場で見つかったら早めに知らせてくれるかしら。営業から戻ってからなくした気がするって言うから、もしかしたら社内に落としたのかもって言ってる。そのうち電池が無くなったら、電話しても反応しなくなっちゃうかも知れないけど、時々わたしの形態から主人の番号にかけてるから、もしこの着信音が聞こえたら夫のかもしれないんで。」
史織の着信音は夫のものと同じにように設定してきた。それを彼女に聞いてもらおうと操作する。よくある電子音ではなく、レトロな黒電話の呼び鈴の音だ。よく目立つようにこれにしてあるのは、夫はスマホを携帯していることを忘れがちだからだ。
「で、私が、夫の番号にかけると鳴るから。」
コーヒーを飲む結月の目の前で、電話をかけてみせた。
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