第55話 遡る

 洋輝の顔色が変わる。

 一通目の手紙の写真を見て、明らかな動揺と絶望が見えた。手紙を持つ手がカタカタと震える。

「顔は写ってないけど、この肩の痣はあなたよね?誰でも有るものじゃないよね?一緒に写っている・・・この人も顔は見えないけどこんな格好で一緒にいるって、一体誰?まさかお母さんなんて言うつもりはないでしょ?」

 がっくりと頭を下げた。

 夫は、これを見て逃げられないと思ったのか、手紙から手を離し、地べたに座り、土下座の姿勢になる。

「こんなのあったなんて・・・。知らなかったんだ。でも、本当に俺、何も覚えていないんだ。本当に何もしてない。こんな写真見たら、信じてもらえないかもだけど。」

 洋輝の言葉に、史織はちょっとひっかかりを感じた。

 相手の言葉が信じられないとか言い訳がましいとか、そういうことではない。

 違和感、である。

 鶴田はこの写真では不貞を証明することは出来ないと言った。そう言われるまでは史織はそうは思えなかったけれど、そして、夫もそうは思えなかったから頭を下げてきたのだろうけれど、何か、変なのだ。

 そう、この二通の手紙におかしなものを感じたように。

 慎重に言葉を選ばなくてはいけないと思った。洋輝は、きちんと落ち着いて話せば、話が通じるはずだ。一方的に逆ギレしたりつっぱねたりはしないはず。

「・・・何も、覚えていないっていうのは、どういう意味?」

「だから、この人と浮気したとか、そういうのはないんだって!」

「わたしは今、浮気したなんて一言も言ってないんだけど・・・お願いだから、何があったのかちゃんと話してくれる?スマホの件もそうだけど、万が一犯罪にでも巻き込まれていたら大変じゃない。」

「はん、ざい・・・」

「そうよ?出した覚えのないメールとか、絶対危ないと思ったの。でも、洋輝はちゃんと話してくれなかった。ピアスを見せた時、絶対おかしいって思ったけど、あなたとぼけたわよね?」

「・・・。」

 夫は座り直して、再び手紙を手に取った。

「こっちの、空き巣騒ぎの時って言ったよな?でもって、この文面のメールが来たのは、更に前だったって。多分、日付、23日とか24日とかじゃなかったっけ。」

「そうよ、24日。」

「その前日、俺、社用で自分の車出しただろ。営業先の医療施設が高速乗らないと行けないくらい不便なところだったからさ。」

「ああ・・・そうだったかしら。」

 そう言われて、思い出した。

 車の鍵の件である。普段ならば、史織が車を使いたいと言えば、勝手に使ってくれ、と言うだけの夫が『鍵を渡すのは後でいいか』と言って、違和感を覚えた。

 

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