第54話 手紙を見せる

 息子を寝かしつけてからリビングへ戻ってきた夫は、どっかりと床に座る。

 その向かい側に、史織が静かに腰を下ろした。

「すぐに寝た?」

「ちょっとぐずった。なんか、俺がスマホ落としたこと心配してくれてたからじゃないかな。何度も大丈夫って言い聞かせたよ。」

「大丈夫じゃないでしょ。大変、じゃない、の・・・。それで、どうしたの?契約会社に連絡した?」

「うん・・・そうしたほうがいいって上司にも言われて。実は会社帰りに携帯の代理店に寄ってきたんだ。紛失届をだしておいた。サービスは止めてくれるしリモートロックしてくれるっていうから、とりあえずは、まあ、大丈夫だと思うんだけど。」

 夫も事の重大さが判っているのだろう、スマホを落とした場合の処置としては妥当だ。他に出来ることもないだろう。

「ああ、そうだ。一応明日警察にも聞いてみようとは思ってる。いやー、息子に言われるまで思いつかなかったわ。落とし物は、交番へ、だよな。」

 そこまで言ってから長くため息をつく。

 史織もまた、言葉を続ける余裕がなくて沈黙した。いろいろな事が妄想が頭の中でぐるぐる回るが、もう妄想だけでは済まされない。アドレスの件もある。犯罪に巻き込まれたくない。

「洋輝。わたし、ずっと聞きたくて聞けないことがあったの。」

「え。何?まだ、なんかあったの。」

 前回の話し合いのときに、なんでも聞いてくれと言っていたのだ。遠慮することはない。怖がることもない。

 史織は洋輝のことが好きなのだから。だからこそ言えなくて聞けなかったけれど。

 傍らに置いてあるハンドバッグを引き寄せる。中から、二通の手紙を取り出した。

「これ、郵便受けに入ってたの。こっちが一通目。空き巣がこのマンションに来た日のことだよ。」

 ハンドバッグの底で時間を経たせいでシワの寄った封筒から、一枚の紙片をとりだした。もう一通はもう少しきれいな状態だし、差出人名が記名されている。

 その両方を手にとって、洋輝は中を見る前に一言。

「・・・俺、手紙なんかだしてないし。」

 そんなことはわかっている。夫が出したものではないことくらいは、史織だってわかっているのだ。だからこそ、問題なのではないか。

「中も見て。これを見て、わたしがどれだけ衝撃を受けたか。」

 写真が印刷された紙片を開いてみせた。


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