第44話 また壊す
夫の名前を語ったその差出人名を見てから、もう一度表書きを見る。消印は会社の所在地の郵便局だ。やはり、職場の人なのだろうか。
意を決して、その場で開く。手が震えていた。
普通のコピー用紙に、写真が印刷されてある。前回のものと同じだろうか。
三つ折りにされたそれを開いていくと、
”あの日は楽しかった。また行きましょうね、三人で。”
印刷された文字。
そして、写真は握手の写真。手だけが映っている。背景は、噴水広場のような場所だ。
女性の手と思われる白い手と、それをしっかりと握る男性の手。
男性の手には、薬指に指輪が見える。そして、人差し指のところに小さなタコが出来ていた。
僅かに映っている袖には、見覚えの有るトレーナーの色。暑くて腕まくりをしているのだろう、シワが寄って分かりづらいが、洋輝が気に入ってよく休日に着ているものと酷似ししてた。
女性の袖の方は、七部袖で、水色のシフォンがふんわりと肘周りにまとわりついているのが見える。
その紙を凝視した後、息を整えてから元のように三つ折りにし、封筒にしまった。
動悸が速まる。脈拍が上がる。血圧も急上昇だ。
おちつけ、おちつけ、と自分に言い聞かせ、封書を、ハンドバッグの奥底に入れた。前回の手紙に重ねて。
深呼吸をしてから自分の部屋へ向かって歩き出した。
ドアの前に立ち、もう一度深呼吸をし、鍵を開ける。思わず安堵の息が洩れた。ちゃんと鍵はかかっていたのだ。足早に上がり込む。
ハンドバッグをテーブルにおいて、郵便物もそのとなりに置く。スマホも置いた。
途端に、着信音があった。
手にとって画面を見るとメールの着信をしらせていた。
嫌な予感が的中した。
案の定、メールを開けば、題名はなく、
”あの日は楽しかった。また行きましょうね、三人で。”
手紙と同じ文章が見える。
ふー、と長いため息をついた。
ようやく落ち着いてくると、こうやって何かが起こる。
史織の精神を振り回し突き崩す。夫に対しての疑心暗鬼が有りながらも、どうにかこの家庭を継続していこうと努力し続けてきた。そのために何度も自分を殺しながら。そして、自分の心を騙し誤魔化し、やっとの思いで平穏な日常を繰り返し、それが軌道に乗るかと思いきや、どん底に突き落とすような物事がやってくる。
冗談でもなんでもなく史織の精神はもうギリギリだ。耳鼻科で勧められた心療内科へ行くのも、仕方がないか、と思えた。
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