第41話 食卓の異変

 もう一度、口に含んでみるが、味がしない。

 そんなはずはない。大さじに4杯もの味噌を入れたのだ、絶対に味噌の味がするはずである。むしろ濃いくらいの配分のはずだ。

 確かにここ数日、少し味覚がおかしいなと思うことはあった。寝不足が続いたり、胃腸の調子が悪かったりすると、妙な苦味を覚えたり、舌触りが異様に感じたりすることがあったのだ。これは、体調が優れない時に自分の身体に起こるサインのようなものだった。以前から自覚している。

 しかし、まったく味がしない、などというのははじめてのことだ。

 史織はコンロの火を止めて愕然とした。



 その夜夫が帰宅したのは、珍しく夕食に間に合う時間だった。

 仕事柄残業が多い洋輝だが、このところは早い時間に帰ることが増えた気がする。あの空き巣の事件からだろうか、家のことを心配してくれているのかも知れない。

「一緒に夕飯が食えるのってやっぱいいよな。」

 そう言って嬉しそうに食卓につく夫は、隣に息子を座らせた。

 二人で一緒に合掌して、頂きます、と宣言する。

 史織は、そんな二人の家族を心配そうに見つめた。夫の箸先を、息子の箸の動きを、これほどに気にしたことがかつてあっただろうか。

「・・・?あれ?今日、なんか、しょっぱい・・・?」

 洋輝が味噌汁に手を付けて呟く。

「お母さん、卵焼き、からい。」

 旬屋が、卵焼きを口に入れてそう言った。

 口を揃えて味の異変を伝えてくる父子は、目を丸くして史織の方を見た。

 真っ青になった母親の顔を見て、何か悪いことを言ったと勘付いたのだろう、息子は慌てて言い直す。

「からいけど、おいしいよ!!」

 それに合わせるように、夫も続いた。

「今日は暑かったから、汗いっぱいかいたんでこのくらいの塩っけがちょうどいいよな!!」

 史織が立ち上がった。

「・・・ごめんなさい。口に合わないよね。」

 悲しそうに言って皿を下げ始めた。

「そんなことないよ!食べるよ、お母さん!な!?峻也!?」

「うん!おいしいよ!」

「いいの!!」

 大きな音を立てて、テーブルを叩いたのは、史織だ。

 ぼろぼろと涙を流して、顔を上げる。

「・・・味が、しないの。味見をしても、全然わからなくて、塩加減もわからないの。味覚障害って奴よね?これって・・・。ご飯はそのまま食べられると思うから、そのままで食べて。冷蔵庫から納豆のパックとソーセージ出してくる。」

 顔を拭いながら、史織はキッチンへ歩き出した。

「えっ・・・!」

 洋輝もまた立ち上がった。

「みかくしょうがいって何?」

 言葉の意味がわからず、峻也が父親に尋ねる。

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