第40話 嘘と想像

 おれが怒ったんだから、別にいいんだ。


 息子のあっさりとした言葉に、史織は少し驚く。

 しかし、帰途につく道中で母親に自ら話したのだから、本当は気にしているのだろう。自分は悪くないのに、謝るよう言われたことが引っかかっている。

 でも、現在の彼は、そんなことはもう気にしていないように、清々しく笑っていた。

 こんなに小さくても、自分で落とし所を見つけて、どうにか自分を納得させている息子は、凄いなと感心してしまった。

「そっか。でも、いじめに怒ったなんて、凄くカッコイイじゃない。頑張ったんだね峻也。お母さん感動しちゃったよ。でも、気をつけてね、その後に峻也がいじめられたりしないか心配だわ。」

「そうならないようにちゃんと謝ったんだ。六年生も、もう気にしてなかったよ。」



 味噌汁に味噌を溶き入れながらぼんやりと考えた。

 夕方息子から聞いた話では、色々と考えさせられた気がする。

 峻也は、遊園地では誰とも会っていない、と言っていた。ならば、結月が見せてきた写真はなんだったのだろう。

 子供は嘘は付けないし、つけばすぐにわかるものだ。少なくとも母親の自分はわかるつもりでいる。

 けれど、もしも夫から口止めされているとすれば話は別だ。遊園地で会った女の人のことをお母さんに言っては駄目だよ、などと言われたら、素直な峻也は言うことを聞くだろう。もしも告げ口したら、また遊園地に連れていけなくなる、などと言われれば益々息子は黙るに違いない。

 息子の様子に嘘はなかったように思えたけれど、その一方で珍しく学童での出来事を自分から話したことも気になった。

 話をそらしたくて話した割には、峻也の話はそれなりに深刻だ。彼がイジメに関わるようなことがあれば、史織は気が気ではない。夫と息子の外出よりもずっと心配になる。

 まさかそこまで見越して、夫は口止めだけではなく、息子に入れ知恵までもしたのだろうか。

 さすがに小学二年生がそんなこともまで考えられるはずもない。そう思うのは妥当だろう。では峻也はただ正直に史織に話をしてくれただけなのか。

 頭の中で想像だけがぐるぐると巡る。

 調理している味噌汁を、少し味見してみようとしてお玉から小皿に注いだ。

「・・・!?」

 味噌汁を少し口に含んだつもりだったのに、舌の上で感じたのは液体の温度だけだった。

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