第30話 遭遇する
それは明らかな動揺と狼狽の顔だった。
洋輝の視線が追いかけていたのは、ショートボブの若い女だ。小学校の運動会などという場所には似つかわしくない、そんな小洒落た格好の女性だった。彼女を見て、夫が顔色を変えている。
その視線に気付いたのだろうか、向こうのほうがこちらへ歩み寄ってくる。
「こんにちは。意外なところでお会いしますね。もしかして、お子さんがこちらの小学校だったりしますか?」
「えっ・・・あ、ああ・・・」
しどろもどろもいいところだ。
洋輝はろくな挨拶も出来ずに呆然としている。
「こんにちは。はい、そうなんですよ。」
示し合わせていた通りに、史織は結月と初対面のふりをした。丁寧に自己紹介をして、ニコニコと挨拶を交わす。
愛想よく返答する史織を見て少し落ち着きを取り戻したのか、夫も口を開いた。
「なんで、中田さんがここに・・・?」
「甥っ子がここの児童なんです。仕事の都合で、彼の両親とも来られないって言うから私が応援に来たいって言っちゃいました。・・・ほら、次、走るんですよ。」
結月の細い指が、ついさっき峻也の走ったトラックを指した。
6年生の番である。二年生と違って、みんなとても大きく見えた。
「これから撮影するんで、またー。」
会釈をして、彼女は保護者の列に埋もれるようにして歩いていく。
それを見送ってから史織は夫の方を見上げた。
洋輝が呆然と彼女の消えた方角を見つめている。
若い女性に偶然に出会ったからといって、なんという情けない態度だろうか。
「・・・随分とお若い同僚なのね。可愛らしい女性ですこと。」
史織が、皮肉を滲ませて呟く。
途端にびくりと身体を震わせた夫は、焦ったように言い訳した。
「し、知らなかったんだ。彼女の身内がこの小学校にいるなんて・・・!」
そりゃあ知らないだろう。
知らせて無ければ、わからないことだ。子供ならばともかく、甥っ子ともなれば言わなければ知りようもない。普通はそこまで履歴書に書かないだろう。
妻が皮肉って言ったのはそんなことではない。
実は史織は事前に結月に伝えてあったのだ。この日に運動会が有り息子を見に行くと。そしたら、結月も身内がいるので顔を出すかも知れない、と知らせてくれていた。万が一学校で顔を合わせたら、夫には知らなかったフリをする約束で。
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