第27話 文通のように
「あ、あのよかったら連絡先を・・・夫の仕事ぶりなんかをうかがってもよろしいでしょうか?全然会社の話を聞いたことがなくて。」
緊張した声でそんなことを言っていた。
面識が有るとは言え、初対面みたいな人を相手に図々しいお願いをしている。わかっているけれど、史織の口が止まらなかった。この場は、『これからも主人をよろしくおねがいします』で終わりにすべきだと言うのに。
中田結月は、おや、という顔でくすりと笑う。
「わたしでよろしければ。・・・そうそう、会社の規定に障らない程度、ですけど。」
嫉妬深い妻だとでも思われたか、独占欲の強い女だとでも思われたか。
いや、この際、相手にどう思われてもいい。
結月がショルダーバッグから自身のスマホを取り出した。
史織も慌ててハンドバッグから自分のそれを取り出し、連絡先の交換をした。
早速その翌日に結月からメッセージが入った。
”こんばんは。自分は仕事終了しました。須永さんはまだ外回りから戻ってません。いつも大変ですね。”
挨拶も早々に、すぐに夫の洋輝の動向について報告してくれていた。
夕食を作っていた手が思わず止まる。
リビングでテレビを見ている息子を横目に、史織はスマホを操作した。
”こんばんは。お疲れ様です。ご連絡ありがとうございます。結月さんは今日はもう上がりなんですね。お手数をかけて申し訳ありませんでした。”
”いいんですよ。どうせ、家帰ってビールひっかけてゲームして眠るだけです。他にやることも無いですし。”
気楽な返事に軽い笑いがこみ上げる。
迷惑ではないと言ってくれているのがわかった。
”いつも外回りに行くと戻るのは遅いのでしょうか?”
”行き先にもよりますが、遅いこともあります。戻らないまま退社なさることもありますね。”
内勤の彼女が言うのだからそうなのだろう。
洋輝は会社にいる時間もそう長くはないことがわかった。
もしかして、彼女のおかげで夫のことがもっとわかるのではないか。叩けばホコリがでるのではないか。そんな希望に、仄暗い火が灯る。
洋輝に聞いても、嘘をつかれるだけだ。その嘘を見て、更に傷つきたくはない。
”奥様は今日もお仕事なさってたんですか?”
そのメッセージを受け取って、一瞬だけ違和感を覚えた。史織は結月に働いていることを教えた覚えが無かったからだ。
だが、それも払拭された。夫の職場で働いていれば、もしかしたら妻が夫の扶養に入っていないことに気付いているかも知れない。それを知っていれば仕事を持っていると考えるのは自然だからだ。
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