第26話 邂逅となる

 その女性は、身を屈めて自前のハンカチで史織のパンプスについた卵の飛沫を拭った。申し訳なさそうに行ったその行動に、史織の方が申し訳なくなってしまう。思わずさっと身を引いてしまった。

「そんな、このくらい気にしないで下さい。大丈夫ですから。それより、あの、どこかでお会いしましたか?」

 確かに見覚えがある、自分よりも年下と思われる若い女性は、ゆっくりと立ち上がる。汚してしまったハンカチを折り畳み、どこか大事そうに見える動作でそれを自分のショルダーバッグへしまっていた。

 聞かれてはじめてそれに気がついたように、彼女は表情を明るく変えた。

「ああ!この間の、迷子のお子さんの!」

 やはりそうだったか。

 先日、このスーパーで迷子になった息子を、サービスカウンターまで連れてきてくれた女性だった。

「その節は、どうもありがとうございました。」

 史織が、身体を二つに折って丁寧に頭を下げる。

「いえいえ。こちらこそ、今日はご迷惑を。・・・それにしても、御縁がありますね。」

 彼女は嬉しそうににっこりと微笑んだ。

 どこか人懐こいような、少しあどけないその顔は、警戒するようなものではなく、むしろどこか保護本能をくすぐるようなそれだ。

「あ、そうだわ。」

 彼女が再びショルダーバッグに手を突っ込んで何かを探し始めた。

 小さな名刺入れを取り出し、そこから取り出した一枚を史織に差し出す。

「まあ、ご丁寧に。すみませんね。わたしは名刺をもっていなくて。」

 両手で受け取って、その表面に目を走らせながらそう言うと、史織の目が丸くなった。

 名刺の表面に書かれていた会社名は、夫の洋輝が勤める会社だ。

 まさかの、夫の同僚だとか。

 いや、同じ会社だというだけで同じ職場とは限らない、そう思って、更に字を追うと、まさに洋輝と同じ営業部の名前があるではないか。

「中田結月と申します。この近所に住んでいるんで、よくこのスーパーに買い物に来るんですよ。奥様もお近くなんですか?」

 明朗な声音で自己紹介をする相手の顔に見入ってしまった。

 夫の職場の人なのか、と思った瞬間、史織の心の中で誰かが言った。

 もしも夫が浮気をしていれば、この人が何かを知っているかも知れない。

 そんな目で見てはいけないと思いながらも、その誘惑に史織は勝てなかった。

「・・・わたしは須永史織と言います。まさか、主人の会社の方だとは。驚きました。お世話になってます。」

 そう言って軽く頭を下げる。

「須永さん・・・?あ、営業の」

 名前を聞いただけですぐにわかったのか、彼女はすぐにそう言った。




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