第15話 くらむ
「来たわよ。来校なさる保護者の方は予め人数とお名前をお知らせ下さいって。昔と違って、運動会も誰が見に来てもいいってもんじゃ無くなったのね。ちゃんと学校側で把握しなくてはならないそうよ。」
「うーん、不審者とか出るからだろうな。まあ、しょうがないよ。それに峻也の場合は、俺と史織だけだから、何も面倒くさいこともないし、いいじゃん。」
「そうね。お弁当作らなくちゃね。」
「だな。」
短い会話を交わすと、浴室のドアが閉まる。
息子の髪を拭き終わって一緒に脱衣場を出た。運動会が楽しみだと、話しながら。
そして、優しい夫も、運動会を楽しみにしてくれているのだと、嬉しく思いながら。
それから三日後、史織は仕事から戻りマンションの郵便受けに手を入れた。毎日のことだが、ろくに覗きもせず軽く手を突っ込んで何も手に触れるものが無ければ、その日の配達は無かったと判断して手を引っ込める。宅急便などは、日時を知らせて頼んでおけばマンションの管理人が預かってくれるのだ。
ダイレクトメールなどもめっきり減った昨今だが、この日は珍しく指先に紙が触れる感触を感じて史織が中を覗き込む。
”須永史織 様” という宛名が
白い封筒が一通入っていた。
取り出してみれば、住所も書いていないし、差出人名も書いていない。切手も貼っていなかった。
ぞっとした。
ここしばらく忘れていた、背筋が寒くなる感覚。
反射的に、取り出したその封筒をもう一度郵便受けに戻してしまう。
悲鳴を上げそうだった。
なんの変哲もない、ごく普通の白い封筒だ。悲鳴を上げるほどのことなど何もない。けれども、史織の顔は蒼白になった。
ゴシック体の活字で並んだ自分の名前が、こんなにも恐ろしいものだなんて、夢にも思わなかった。
封筒そのものはとても軽い。おそらくは中に入っているのは紙一枚程度のものだろう。しかし、切手も無ければ、当然ながら消印もないし住所も差出人名もないのだ。不審者が投函したとしか思えなかった。
マンションのエントランスで、思わず蹲る。
呼吸が浅くなり、めまいがした。
「どうしました!?大丈夫ですか!?」
数分後に同じマンションの住人が通りかかり声をかけるまで、その場にしゃがみこんだまま意識を失っていた。
「・・・あ、だ、だいじょうぶ、です・・・。」
「救急車呼びますか?」
「いえ、ちょっとめまいがしただけなので、返って休みます。うちはここの一階なので、大丈夫ですから。」
そうですか?と心配そうにしながら、別の階の住人だと思われる通りがかりの人は、エレベーターへ向かう。
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