第7話 ピアス

 どこか胸騒ぎがしていた。

 自家用車の鍵を出し渋るなんて、今までの洋輝だったら考えられない。車使わせて、と頼めば、

「ついでに洗車と給油もお願い〜。」

などと言ってくるくらいだったのだ。

 メール、口紅、そして、荒らされた苗。全てが繋がっているとは考えにくいけど、今回の自家用車の件も、どこかおかしい気がした。

 仕事は忙してくも普段は優しくていい夫だ。子供にも優しい父親だった。峻也が小学校に上がってから、授業参観も皆勤賞を取れるくらいに参加している。

 史織は自分の仕事を終えてから、学童の息子を迎えに行くまでの僅かなスキマ時間を見つけて、マンションの駐車場へ足を運んだ。勿論、手にはクローゼットから取り出してきた鍵を持って。

 マンションの住人専用の地下駐車場は、陽が有る時間帯でもどこか薄暗い。非常階段を下りて地下へ降りてきた史織は、自家用車へ近づく。小型の普通車は平凡な白いボディで、毎日乗っているわけではないせいか、比較的綺麗だった。

 鍵を明けて運転席に乗り込む。ぱっと車内灯が自動で点灯し、わずかの間、社内が明るくなった。一分にも満たない短い間だが、史織の目が助手席のサイドポケットに、小さなピアスを見つけるには充分だ。

 すぐに手を伸ばして、それをつまみ上げる。暗くなった社内を照らすために、手動で車内灯を点けた。小くて丸い金色のピアス。細かい細工が入った金のピアスで、手にした感じで、フェイクではなく本物の貴金属なのがわかる。

 はー、と長いため息をついて、その小さな装飾品を、自分の目の届かないところに隠すように、ダッシュボードへ入れた。

 史織の耳にはピアスの穴は開いていないのだ。 



 夫の洋輝の様子には、おかしな所はなかった。メールをきっかけに、史織は疑心暗鬼になっているけれど、浮気をしている様子などこれっぽっちもなかった。いつもどおり、普段どおりの夫だ。

 よく不倫する男はスマホをどこにでも持ち歩く、とか言うが、洋輝は帰宅したらすぐに充電器に差し、翌朝出勤するまで、ほとんどそのままだ。着信があれば、その時はいじるが、基本的にはいつもコードに繋がれている。

 飲み会は仕事柄しょっちゅう行っているが、もともと洋輝は下戸で体質的にアルコールを余り受け付けないから、酔いつぶれて帰ってくることもない。

 外泊するような仕事はなく、出張の時は会社から出張旅費が振り込まれるから嘘だったらすぐにわかるのだ。

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