第6話 鍵貸して。

  マンションとは言え、やはり一階は物騒なのだろうか。塀で囲われているが、高層部とは違って外部のものでも容易にに侵入が可能なのだろう。

「うーん・・・まあ、今回は苗だけだから、事を荒立てたくないし。子供のいたずらとかなら、あまり大事にするのもね。」

 洋輝は考えを巡らせつつも、面倒事を起こしたくないのだろう。

「えー、怖くない?」

 史織の心配を笑い飛ばすでもなく、かと言ってそこまで深刻に受けとめてもいない。そんな様子の夫だが、息子が楽しみにしていたトマトの収穫ができなくてがっかりしている様子を見ると、心が傷んだのかも知れない。

「じゃあさ、防犯カメラつけたらどうかな?そしたら、今度もし何かあったら、証拠にもなるし、そしたら、警察にも言えるよ。」

 その提案に心底納得したわけではないが、洋輝なりに史織の杞憂を晴らそうとしてくれているのはわかった。

「うん、そうだね。じゃあ、そうしよっか。」

 トマトの苗が荒らされていた話は、防犯カメラをつけて対応することにした。

 夫と子供の前ではそれで済んだ顔を見せていた史織だけれど、なんとなく腑に落ちないでいる。何か、ひっかかっているような、喉に何かつまっているような、おかしな不快感が拭えなかった。

 


 

 防犯カメラはその日のうちに契約してきたので、一週間後には設置が済んでいた。それだけでも少し安心出来たので、史織は峻也と共に新しい苗を買いに行こうと約束する。偏食はなおっていないが、植物を育てる喜びに目覚めたらしい息子のために、すぐにでも買ってきて植えてやりたかった。

 自家用車の鍵を夫に頼んで貸してくれと頼んだのは水曜日の朝のことだ。

「今度の土曜日、洋輝は出勤って言ってたでしょ?車貸して?」

 何故か、夫は妙な顔をした。

 妻が買い物のために夫に車を貸してくれと頼むのはよく有ることだ。史織は運転も出来る。学生の頃に免許を取っていた。

「え、なんで。」

「なんでって・・・、峻也とホームセンター行ってくるからだけど。」

「え、ホームセンターに、何しに。」

「荒らされた苗のかわりを買いに行こうと思ってるんだけど。それ、そんなにおかしなこと?仕事で使うとか?」

 夫が自家用車を貸すことを渋るなんてはじめてのことだった。

 営業という仕事柄、土日がいつも休日になるわけじゃない洋輝は、時には営業先に行くのに自家用車を使うことも有る。夫は医療機器の営業なので、病院のあるところには足を運ばねばならない。そして、病院は必ずしも交通の便のいいところに有るとは限らなかった。

「いや、今回は使わないけど。うん、わかった。鍵渡すの明日でもいい?もう今日は時間無いし。」

「うん、明日でいいよ・・・?」

 史織は、夫が自家用車の鍵を寝室のクローゼットの引き出しに入れていることは知っている。それも夫は承知しているはずだ。

 そして、朝の忙しい時に、わざわざ手渡してくれなどとは言うつもりもなかった。

 いつもなら、勝手に出して使ってくれ、と言うはずなのに。

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